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「恥ずかしい、でも、もっと褒めて(笑)」103歳、哲代おばあちゃんが教え子の前で熱唱!

「恥ずかしい、でも、もっと褒めて(笑)」103歳、哲代おばあちゃんが教え子の前で熱唱!

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元カレが会場に!?

 小川 同じクラスに、お父さんが新聞社の記者をされている生徒がいたでしょう。

 石井 中国新聞の三原の支局長さんね。

 小川 そうだったんですね。当時、中国新聞に子どもが書いた詩を載せるコーナーがあって、先生の後押しで僕の詩も何度か載ったんです。1回、先生に「この詩、本当にあんたが自分で作ったんね?」って疑いをかけられて。別に先生が悪いわけじゃないですよ。僕の詩があまりにも良すぎたんです(笑)。

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 石井 あなたはね、詩を作るの、うまかったですよ。

初の著書『102歳、一人暮らし。哲代おばあちゃんの心も体もさびない生き方』が17万部を超えて話題に

 小川 ありがとうございます。この辺りには、先生の教え子が沢山おられますよね。

 石井 ありがたいですね。

 小川 品のあるいい大人だなと思ったら大体先生の教え子(笑)。今日は、先生の昔の恋人も来られてるんじゃないですか(笑)。

 石井 ここは尾道じゃろう? じゃあ来ていませんね。

 小川 元カレは尾道の人じゃなかったんですね(笑)。今日皆さんに見せようと、先生の写真を探したんですが、この1枚しか見つかりませんでした。考えてみたら、昭和40年頃はほとんどの家にカメラなんかありませんでしたもんね。

 石井 分限者の家じゃないと、持ってなかったんですなあ。

老人ホームで歌を披露

 小川 石井先生の本に、先生が電子ピアノを弾きながら大きく口を開けて歌っている写真が載ってましたけど、僕の頭の中にある先生のイメージは、まさにこれなんです。

 当時の学校は木造の校舎で、教室の中に足踏みオルガンがあって。先生が「これで今日の授業は終わりです。皆さん、学区別に順番に帰りましょう」と言って、オルガンでフォスターの『スワニー河』を弾くんです。ミレドミレドドラド~♪

 石井 ソミドレ~♪

 小川 メロディにのせて、みんなで「一学区、一学区~♪」と歌うと、一学区の子どもらが出ていくわけです。切れたら先生が「はい、次は、二学区、二学区~♪」って。

 石井 やってましたねえ。

 小川 大学で先生の甥の石井課長に最初に会ったとき「石井先生は最近どうされてますか?」と聞いたら、「近くの老人ホームに慰問に行って、みんなで歌を歌っている」と。

 石井 はい、行ってました。

 小川 僕はそれを聞いたときに、「ああ、さすが石井先生だ」と思ったんです。先生っていつも人を楽しませようとしますよね。もちろんご自身も楽しいんでしょうけど。

 石井 今も近所の人と集まって、大正琴を弾きながら歌う練習に行きようります。まあ練習しようるんか、お茶を飲みようるんか、ようわかりませんけど(笑)。

 小川 オリジナル曲もあるんですよね。

 石井 『中野ソング』という歌です。作曲・石井哲代。歌・石井哲代。世界に一つしかありません。

 小川 聴いてみたいです。

 石井 そうですか? もう103歳の声でございます。声が出なんだらごめんなさい。

〈大きな声で熱唱〉

 小川 すごくいい曲ですね。何番まであるんでしたっけ?

 石井 たった六番まで。

 小川 二番以下はまた次回に取っておきましょうね(笑)。こんな感じで、先生はよく歌を歌われて、指揮を取られてね。うちのおふくろも先生のお誘いに乗ってママさんコーラスに寄せていただいて。

 石井 そのママさんコーラスがテレビで紹介されることになって、お母さんら15人くらいと放送局へ行ったんです。本番前、気づいたら私一人しかおらんの。どうしょうか思うて探しとったら、皆おトイレに行って、ええ着物に着替えようちゃったの。すごい光景でした(笑)。

 小川 先生は一張羅に着替えなかったんですか?

 石井 私は行ったなりの服でございます。