今年のアカデミー賞の最有力候補『シェイプ・オブ・ウォーター』は、人間の女性と半魚人のラブストーリー。ギレルモ・デル・トロ監督(53歳)によると6歳の頃から映画化を夢見続けたという。
「テレビで『大アマゾンの半魚人』(54年)という映画を観たんだ。アマゾン川の奥地に入った探検隊が大昔から生きてきた半魚人と出会う。半魚人は探検隊の女性に恋するけど、殺されてしまう。半魚人があまりに可哀そうで、僕は、半魚人が彼女と仲良くデートする絵を描いた。それからずっと2人を幸せにしたいと思い続けて、40年以上かけて夢をかなえたんだ」
物語の舞台は米ソ冷戦下の1962年。半魚人は政府の秘密研究所に囚われて生体実験されている。
「62年は今のアメリカなんだ。女性の抑圧、男性の支配、権力の横暴、人種の分断……」
トランプ大統領は『アメリカをもう1度グレートに』と言ったが、それは具体的には62年以前を意味する。
「だからといって現在を舞台にしたら政治討論が始まってしまうから、『昔むかし……』と、お伽話にしたのさ」
お伽話にしては、セックスとバイオレンス描写が生々しい。なにしろ映画は、ヒロインのイライザ(サリー・ホーキンス)の自慰から始まる。
「独身の中年女性の日常として普通だよ。セックスとバイオレンスは人間のリアリティだし、イライザもリアルな容貌をしている。孤独に生きてきた清掃員が化粧品のCMみたいな美女じゃおかしいからね。僕は『美女と野獣』が好きじゃない。『人は外見ではない』というテーマなのに、なぜヒロインは美しい処女で、野獣はハンサムな王子になるんだ? だから僕は半魚人を野獣のままにした。モンスターだからいいんだよ」
イライザは人魚姫と同じく、声を出せない。
「イライザは意見を封じられた人々の象徴だ。彼女の友達も、身寄りのないゲイの老人や、ぐうたらな夫を抱えた黒人女性など、世間の隅っこに忘れられた人々ばかりで、彼らがモンスターを救うために戦う物語なんだ」
デル・トロ監督は幼い頃から古今東西のモンスターに魅了され、モンスター映画ばかり作ってきた。『ゴジラ』シリーズの本多猪四郎監督に捧げられた『パシフィック・リム』では、怪獣を「カイジュー」と呼んでいるほどだ。
「僕はメキシコ人にしては色が白くて、スポーツにも興味がなかったから、いつも孤独で、テレビの中の怪獣だけが友達だった。怪獣は嘘をつかないから好きだ。ゴジラは『大丈夫ですよ』と嘘つきながら街を破壊しない(笑)。僕は怪獣に救われたけど、今は映画監督として、怪獣の伝道師になったんだ」
ギレルモ・デル・トロ/1964年、メキシコ生まれ。93年に『クロノス』で長編映画監督デビューを果たす。2006年に『パンズ・ラビリンス』でアカデミー賞6部門にノミネート。『シェイプ・オブ・ウォーター』は第74回ベネチア国際映画祭金獅子賞を受賞し、第90回アカデミー賞においては最多13部門にノミネートされている。
取材・構成:町山智浩