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低打率にあえぎながら苦闘するヤクルト・長岡秀樹の姿に思い出す、80年代の“ある選手“のこと

文春野球コラム ペナントレース2023

2023/08/16
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レギュラー2年目の苦悩と奮闘

 神宮球場に行くたびに、長岡秀樹に釘づけになっている。ショートのポジションに立っている姿。投球と同時に構えに入り、一球一打に反応している様子。打球が飛んできたときの軽やかなステップ。そして、力強いスローイング……。ほれぼれとする身のこなしのとりこになっている。

(去年と比べて、格段に安心して見ていられるなぁ……)

 昨年、ゴールデングラブ賞を獲得した選手に対して、上から目線の失礼な言い方になるのは承知の上で、「ホントにうまくなったなぁ……」と感じることが実に多くなった。

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 一昨年の日本一、昨年のリーグ2連覇を思い出すと、今年はフラストレーションの溜まる試合が続いている。8月11~13日に行われた首位・阪神タイガースとの3連戦では、少しでも意地を見せたかった。しかし、僅差ではあったものの、力及ばずに3タテを喰らってしまった。あと一歩のところで追いつけない、追い越せない。その「わずかの差」こそが、実は「大きな差」であり、今シーズンの両チームの「現実」を眼前に突きつけられた気分だった。

長岡秀樹 ©時事通信社

規定打席到達者の中でもっとも低打率に……

 長岡にとっても、苦しいシーズンが続いている。8月13日の試合終了時点では、規定打席到達者の中ではもっとも低い.215という低打率にあえいでいる。いくら下位打線を任されることが多いとはいえ、相手バッテリーに対する威圧感はかなり薄いだろう。

 進塁打がほしい場面でポップフライを打ち上げてしまったり、相手チームが「1点は仕方ない」という守備陣形を採り、「内野ゴロでも1点が入る」という場面で、その内野ゴロすら打てずに三振してしまったり、「ここはじっくりと相手を揺さぶりたい」というケースで初球を凡打してしまったり、神宮球場のスタンドから見ていて、「あぁ……」というため息とともに、歯ぎしりすることは何度もあった。

それでも覚えている、起死回生のサヨナラホームラン

 それでも僕は覚えている。5月5日の横浜DeNAベイスターズ戦、4対9という劣勢をはねのけ、8回裏に8対9まで追い上げ、そして迎えた9回裏。長岡が放った起死回生のサヨナラ2ランホームラン。あの日、青空に舞い上がった弾道は、今でも僕の目にハッキリと焼きついている。苦難の日々は続いているが、ぜひともこの逆境を自らの力ではねのけてほしい。そんな思いを抱きながら、僕は神宮のスタンドに座っているのだ。

改めて思い出す、「1987年の渋井敬一」

 今シーズンの長岡の姿を見ていて、僕は「ある選手」のことを思い出す。それが、「1987年の渋井敬一」だ。その名の通り、いぶし銀的な渋い選手だった。堅実な守備に定評のあった渋井は、80年代半ばにショートのレギュラーとなるものの、池山隆寛の台頭もあり、セカンドにコンバートされる。そして、レギュラーセカンドとして定着したのが、87年のことだった。

 この年の渋井は主に2番打者として起用され、118試合に出場している。当時は130試合制だったから、レギュラー選手として当時の関根潤三監督から信頼されていたのだろう。しかし、本当に渋井は打たなかった。ヒットを打った記憶が、僕にはない。いや、ボテボテの内野安打をかろうじて覚えている程度だ。この年の渋井は打率.198を記録しているのだが、僕はこの数字を今でもしっかりと記憶している。

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