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「4番ファースト藪」の衝撃…日本一を知らない世代だから語れる阪神“暗黒時代の記憶

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阪神ファンになった瞬間は“暗黒時代”の真っただ中

「阪神ファンの『負けてもおいしい暗黒時代』」――。

 この文字だけを切り取られると、

「何がやねん! あの時の悔しさ忘れたんかボケナス!」「おいしい訳ないやろカス!」「しばき回すぞおんどりゃ!」

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 という怒号が飛んで来るかもしれないが、ここはひとつ落ち着いてもらいたい。

 阪神タイガース絶不調期。いわゆる「暗黒時代」真っ只中のタイミングで阪神ファンとなった僕だからこそ言えるタイガースの魅力を、今回は語らせていただきたい。

 僕は京都に生まれ、父親が熱烈な(家で叫ぶタイプの)阪神ファンだった影響で、物心がつく頃にはもう毎晩サンテレビを観ながら桧山進次郎選手の応援歌を歌っていた。父親に応援を強制された訳では無く、ごく自然にそうなっていた。「関西の量産型阪神ファン」と言っても良いかもしれない。

 僕がファンになった年だが、当時の記憶とタイガースの年度別成績を照らし合わせると、おそらく1996年、僕が小学校3年生の頃だったと思う。ただその年の助っ人外国人・グレンやクールボーといった選手の記憶が皆無なのを考えると、おそらくシーズンの中盤以降、助っ人が帰国した頃(あの頃の阪神ではお約束の流れ)から応援し出したのだと思う。

 僕がタイガースに夢中になり出したころ、毎日のようにタイガースに声援を送ると同時に「お前まだ観てんのか。今年はもう優勝できひんから観てもしゃあないで」という父親の悲しい言葉も覚えている。その頃はクライマックスシリーズなんてモノはもちろん無く、優勝出来ないと決まったチームの残り試合は完全に消化試合。

 ただ、僕は子供ながらに父親の悲痛な叫びに対して「ん? でも試合おもろいやん」と返事していた。まだ野球のルールすら覚えたての子供の僕には、「消化試合は観ない」という行為の意味が理解できなかったのである。

 その年のシーズンオフには父親が「おい、来年はな、吉田がまた監督やってくれるんや。日本一になった監督やで。強なるでー」と言って旨そうに酒を飲んでいた。

 僕は「へー、そうなんや、知らんけど」と言って濃いめのカルピスを飲んでいたのだった。

 まだあまり「強い阪神」に興味が無かったのかもしれない。

 まぁ、僕がまだ子供なのもあったが、この応援スタンスの違いにはある経験が深く関わっている事に、この時はまだ気付かなかった。

 そして96年オフ。吉田義男監督が就任し、そこからの2年間で坪井智哉選手や今岡誠選手が期待のルーキーとして活躍するが、グリーンウェルという年俸3~4億円と言われた(当時では類を見ない破格の数字)外国人が7試合で帰国したりして、結局阪神は5~6位が定位置となっていた。

 でも、僕は変わらずにシーズン最後まで試合を観ていた。体感で言うと100試合くらい消化試合を観ていた気がする(言い過ぎか?)。

 当時、学校で阪神ファンの友人と交わす明るい話題は坪井選手の首位打者争いと新庄剛志選手のバックホームくらいしか無かった気がする。

阪神、やばいな――。小学生ながらに感じた「4番ファースト藪」

 そして99年シーズンからヤクルトスワローズを日本一に導いた「ID野球」を掲げる野村克也監督がタイガースにやって来るというまた新しい展開でファンを沸かせ、僕もこの頃には阪神タイガースが少し強くなる事に期待しはじめる。

 学校での巨人ファンが羨ましくなって来たのかもしれない。

 ただ、その応援も虚しくなんと3年連続最下位。まさに暗黒時代まっしぐらである。

 その中でも新庄選手の「二刀流」「敬遠サヨナラ打」や、「遠山葛西遠山」、「F1セブン」等、野村監督のユーモアも相まって、話題には事欠かなかった。

 ただ僕が一番忘れられないのは、

「4番ファースト藪」だ。

 ある試合のスタメン発表のアナウンスである。

 これが何故忘れられないかというと、この藪恵壹選手はファーストの選手どころか野手ですらなく、阪神のエースピッチャーだったからである。

 というのも、当時は予告先発の制度が無く、スタメンの野手の守備位置にその日の登板予定の無い投手を入れ、試合開始と同時に相手の投手の左右によって選手を交代する所謂「偵察メンバー」と呼ばれる戦法があった。ただ、だいたい下位打線で使われるこの戦法を、当時のタイガースはチームの顔である4番バッターに使っていたのである。これは子供ながらに「阪神、ほんまにやばいな」という印象を受けたのを覚えている。

藪恵壹 ©文藝春秋

 この「4番ファースト藪事件」は、毎年のように助っ人外国人が早々に帰国(シーズンオフの触れ込みでは皆“バースの再来”と呼ばれているのだが)した事が主な原因ではある。

 しかし、この偵察メンバーに代わる4番バッターも、相手が右なら大豊泰昭選手、左なら広澤克実選手と、どちらも生え抜きでは無いベテランという、何とも切ない状況ではあった。

 その一方で井川慶投手や赤星憲広選手がタイトルに絡む等、明るいニュースもあった。僕は強い阪神を望んではいたが、そのニュースだけでまぁまぁそれなりに満足していた。ここまで来るとファンである僕に「負け癖」が付いていたのかもしれない。負けるのに慣れて、弱いのに慣れて、それが当たり前になってしまっていた可能性がある。だって最下位を争ってるタイガースしか知らないんだから。優勝するなんて、半分夢物語になっていた。

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