能見、岩貞、伊藤将――虎の左腕3世代で受け継がれてきたもの
少なくとも私にとっては、これまでの人生でなかなか使ったことのないフレーズだった。
「○○さんに付いて行って良かった」――。
師弟関係を表す言葉で使われることが多いがちょっと恥ずかしいし、どれだけのリスペクトがあったとしてもなかなか口に出して言えることではないような気がする。
「サダさんに付いて行って良かった」
タイガースの伊藤将司が、迷うことなくそう口にしたから少し驚いた。「サダさん」とは同じ左腕で5歳上の岩貞祐太。昨オフ、岩貞がトレーニング拠点としている福岡で合同自主トレを行って3年目となる今季をスタートさせた。元々、岩貞は入団前から目標としていた能見篤史に師事し長年、沖縄で自主トレを敢行してきた。一方、伊藤将も2022年1月に坂本誠志郎の呼びかけで能見との自主トレに参加。そこで直球の重要性を説かれ、投手としての大きな指針を手にした経緯がある。“能見さん”にインスパイアされたという点でも重なる2人が師弟関係を結ぶのも自然な流れだった。
「サダさんに学んだこと……もう全部す! そんな感じです」
伊藤将に岩貞のことを聞くとこんな答えが返ってくる。同じサウスポーとして技術面、トレーニング法はもちろんのこと、人間性でもその背中を追いかけている。今年1月に福岡で過ごした日々がどれだけ濃密で背番号27の土台を築いたのかが伝わってくる。そして2人の間柄は、岩貞がずっと追いかけてきた能見との関係ともぴったりと重なって見える。
「もう全部です。全部、能見さんに教えてもらったことをやっている感じですからね」(岩貞)
能見、岩貞、伊藤将と虎の生え抜き左腕3世代で託し、受け継がれてきた“財産”は確かに存在している。
話を今季に戻そう。5月下旬から伊藤将はなかなか勝てなくなっていた。5月25日のスワローズ戦から5戦連続で白星から見放され2連敗。乱調が続いたわけではなく、リードを保って降板しながらリリーフが同点に追いつかれて勝ちが消える展開が3度もあり、勝ち運にも見放されていた。象徴的だったのは6月15日のバファローズ戦。7回1失点の好投でマウンドを降りたが、クローザーの湯浅京己が同点、逆転と2被弾でまさかの逆転負けを喫した。また勝てなかった……。
「一番苦しいのは湯浅なんで」
試合後、気丈に語ったものの、重苦しい空気が充満していた。その翌日のことだった。練習前に甲子園のバックスクリーン下でアップしていた伊藤将のもとに岩貞が駆け寄ると、そのまま芝生に腰を下ろし数分間、2人で話し込んだ。