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「銃殺する。死ぬ準備をしろ」後ろ手に縛られロシア兵の前で両膝をつかされた私は、覚悟を決めた

「銃殺する。死ぬ準備をしろ」後ろ手に縛られロシア兵の前で両膝をつかされた私は、覚悟を決めた

『戦時下のウクライナを歩く』より#1

2023/08/01

genre : ライフ, 社会, 国際

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 バトゥーリン記者は「赤い旗、そしてソ連の独裁者による処刑の言葉。シュールレアリズムの世界じゃないか」と感じた。ここで言うシュールレアリズムとは、21世紀の現実とかけ離れた「異次元の世界」という意味だ。ほかにも、二人の男の口からは「銃殺する」「裁判にかける」「死ぬ準備をしろ」など、脅し文句が相次いで繰り出された。

 幸い、この非現実的な“異次元世界”での滞在は数時間で終わり、死なずにすんだ。ところが、それだけでは終わらない。バトゥーリン記者を「現実の暴行」が待ち受けていた。

20分ほど罵倒され「銃殺するぞ!」

 私は「肋骨を折られた時、どんな状況だったのですか?」と尋ねた。すると、バトゥーリン記者は「その前に、私が続いて受けた次の『尋問』のことを話しましょう」と答え、語り始めた。

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「市長室で、私は再び頭巾を被され、両手を縛られました。誰かが『連行しろ』と言い、私は市長室の隣の部屋に移されたのです。両膝を床につく格好で座らされました。私は声を出すことができませんでした。そこで『のどが痛くてよくしゃべれない』と言うと、彼らがソーサーに水を入れてもってきて、私はそれを飲みました。その後、彼らは大声で怒鳴り始めたのです」

 彼らは「三人のファシストの名前、姓、電話、住所を言え」と言った。バトゥーリン記者が「ファシストとは誰ですか。知りません」と答えると、彼らは「反ロシア軍の集会をウクライナ人がここでやっているだろう。その組織の人間だ。それからウクライナ軍人だ」と言って、「早くしろ、早く、早く」と何度か叫んだ。

 バトゥーリン記者は危険を感じ、ロシア軍の侵攻前に西欧へ逃亡して安全圏にいる知り合いのウクライナ人の名前を挙げた。しかし、彼らの住所や電話は知らなかった。彼らは「住所だ! 電話だ!」と何度か叫んだ後、「銃殺するぞ」と言った。そのまま20分ほど罵倒され続けると、バトゥーリン記者は市庁舎から外へ連れ出されることになった。

「連れ出される際、市庁舎の中から、地元の市民がロシア軍に暴行されて叫ぶ声が聞こえました。『ああ、自分だけじゃない。ほかにも何人か市庁舎に拘束されているのだ』と分かりました」

 拘束された人の多くは、ロシアの占領に反対する集会に参加したウクライナ人だった。この2022年3月当時、南部ヘルソン州の各地で、そうした大規模な集会が開かれるようになっていた。ロシア軍はそれを鎮圧しようと懸命になっていたのだ。