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小泉悠と高橋杉雄が語った「ウクライナ戦争の“ワイルドカード”になり得る、我々の全く予想しない要因」とは?

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東京大学先端科学技術研究センター専任講師の小泉悠氏と、防衛研究所防衛政策研究室長の高橋杉雄氏による対談「逆襲のウクライナ」を一部転載します(文藝春秋2023年7月号)。

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旧式の戦車をなんで1両しか出さなかったのか

 小泉 ウクライナ侵攻の最中、ロシアは5月9日に対ドイツ戦勝記念日を迎えました。僕はこの15年ほど、戦勝記念日の軍事パレードをチェックしていますが、今年は特にめちゃくちゃ盛り下がった印象を受けました。何よりもまず、参加人数が少なかったですよね。普段はクレムリン前の「赤の広場」が人でびっしりと埋め尽くされるのですが、隙間があいてまばらな感じでした。

 行進している人間を見ても、本物の軍人は半分くらいで、残りは士官学校の生徒と治安部隊のように見受けられた。「今歩いてきたのはコサック軍団です」「こちらはモスクワ周辺の駐屯地の部隊です」といった、紹介のアナウンスもありませんでした。これはかなり異例のことです。現実問題として、戦勝記念日に軍人にパレードをさせるほど、兵力の余裕がなかったのでしょうね。

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小泉悠氏 ©文藝春秋

 高橋 パレードでは兵器も披露されましたが、現役戦車の姿は一切ありませんでした。戦車で披露されたのは、第二次世界大戦で活躍したT-34のみ。しかも1両だけだったため、かなり目立っていました。

 そもそも、戦勝記念日の一番の目的は、ナチスを倒したお祝いであるわけです。かつてナチスが恐れた戦車にスポットライトをあてた点において、史上稀に見る成功を収めたと言っていいのではないでしょうか。

高橋杉雄氏 ©文藝春秋

 小泉 でもね、ロシア軍はT-34をかなりの数持っています。現役の戦車は戦場で必要だから出せないのは分かりますが、旧式の戦車をなんで1両しか出さなかったのか、不思議で仕方ありませんでした。

 高橋 それは僕も思った(苦笑)。

 小泉 そうでしょう? 旧式の戦車であれば、絶対にもっと出せるはずなんですよ。僕が記憶するなかで一番数が多かったのは、2015年頃のパレードです。実際に現地で見学しましたが、T-34が10両、さらにほぼ同数のSU-100が走っていて、圧巻の光景でした。

 高橋 おお……。

 小泉 「70年前の戦車が、よく中隊単位で残っているよなあ」と感心したのを覚えています。

 高橋 今回もどうせなら、「KV-2」や「IS-2」のような重戦車も走らせて、とことん派手にやり切るのもありでしたね。

象徴的な「ヤルス」の存在感

 小泉 おっしゃる通りで、「IS-2」を登場させるとか、第二次大戦のイメージを前面に押し出せばよかったんですよ。それが今回は、中途半端にT-34が1両だけでコロコロ走っていくものだから、みんな余計に寂しさを感じてしまった。ウクライナでのロシア軍の苦戦を意識せざるを得ないことになったのです。

 高橋 単純に引き算だけをしてしまったんですよね。

 小泉 そうそう。いつものパレードから色んなものを引いていって、その割には何も足さなかったから、寂しい絵面になってしまった。

 現役の兵器についても、歩兵戦闘車、装甲兵員輸送車、多連装ロケット砲は一切出てこず、例年通りに登場したのは、大陸間弾道ミサイル(ICBM)「ヤルス」、核戦術ミサイルシステム「イスカンデルM」などのミサイルだけでした。

 高橋 だからというか、「ヤルス」の存在感が異様に増していましたよね。今後のロシアの動向を占ううえで、象徴的なものとして映ったというか。つまり、ロシアは通常戦力を大きく消耗しているので、この戦争がどういう終わり方をしようが、核戦力に頼らざるを得ないと分析されています。10年後や15年後に振り返って、「あのパレードが前兆だったよね」と言っていそうな気がしました。

戦勝記念日に登場したICBM「ヤルス」 ©共同通信社

 小泉 一方でプーチンの演説は、毎年言っていることの繰り返し。こんなことなら、戦時下を理由に中止すればよかったのだけど……やっぱりプーチンも歳なんだなと思いました。70歳までずっとやってきたことを、今さらやめられない。

 高橋 悪しき官僚国家みたいな。

 小泉 プーチンは47歳で大統領になりましたが、そこから23年間、権力を握り続けている。そうなると、どうしても権力のあり方自体が“テンプレ化(様式化)”してしまうんですよね。戦勝記念日についても「毎年やっているから、今年だけやらないわけにはいかない」と、しょぼい町内会の寄り合いみたいな発想が出てくる。それがあの、ピリッとしない戦勝記念日につながったのかなと思います。

戦勝記念日の様子 ©共同通信社