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「助けて!」無視された子供の叫び、広がる血だまり、そして遺体をあさる野犬…ロシア軍がなだれ込んだマリウポリの“阿鼻叫喚”

『戦時下のウクライナを歩く』より#2

2023/08/01

genre : ライフ, 社会, 国際

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 それは、数分から数十分のうちに数百人が死亡した虐殺だった。

 私はウクライナで、劇場内部に避難しながらも生き延びた二人の市民を探し当てた。そのうちの一人は、マリウポリのスーパーで店員をしていた20歳のアルチョム・ショーミンさんである。

「雪のような白い肌の少女が、あおむけになっていました」

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 空爆直後に劇場内で見た光景を、アルチョムさんはこう振り返る。それは、劇場にできた瓦礫の上だった。そこに真っ白な肌の少女と両親が並んで横たわっていた。三人とも亡くなっていたという。どうやら、「マリウポリ劇場から避難バスが出る」という誤った情報が街中に流れ、そのために劇場内に避難した人々だった。

 アルチョムさん自身はその情報が流れる以前に、すでに自宅から劇場の地下壕まで避難していた。その経緯をこう語り始めた。

「侵攻が始まった2月24日、僕はスーパーで働いていたのですが、店の目の前の5階建てアパートが砲撃されました。次の瞬間、店が激しく揺れた。店長が閉店を決心し、僕は自宅に戻りました。劇場へ逃げた日、空を砲弾が飛び交っていました。途中の道路は壊れた家の瓦礫が散乱し、乗り捨てられた車が瓦礫となった家の塀の下敷きになっていました。僕が劇場へ避難した理由は、軍人の兄が市は包囲されているので、危ないと電話してくれたからです」

「痛い」「助けて」……埋もれた人たちの手足が突き出ていた

 この劇場空爆は、非常に多くの人の命を奪ったとされている。

「(劇場にいたのは)最初60人くらいでしたが、『避難バス』の噂が流れた後、急速に増えました。しかし、ロシアの砲撃で避難は実現せず、人は次第に減りました。それでも、最終的には500人くらいいたと思います」

 そこへ、ロシア軍の爆弾2発が投下された。

「1発目は劇場そばに落ち、(地下壕からは)爆発音が聞こえました。僕は地下壕のさらに奥のほうへ行きましたが、その瞬間、2発目が劇場を直撃しました。僕がさっきまで座っていた場所のそばのドアが吹き飛び、壁には大きな穴が開き、ほこりが空気中に充満しました。1階にあがると、『痛い』『助けて』という声があちこちからして……。舞台袖だったところは、崩れたレンガの山ができ、そこから埋もれた人たちの手足が突き出ていました」

 2発目の爆弾が直撃したのは劇場の中央ステージのあたりで、ステージは崩れ落ちた。ステージの上にも、その下の空間にもたくさんの人が避難していた。