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「あなたの帰りをみんな待っている」“今季絶望”ソフトバンク・栗原陵矢の試練と石川柊太の優しさ

文春野球コラム ペナントレース2023

2023/09/01
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 神様はなぜこんなにも彼に試練を与えるのか。あまりにもショッキングなニュースに、本人の気持ちを思うと胸が締め付けられる。

 栗原陵矢選手。8月23日のロッテ戦で途中交代し、翌日に出場選手登録を抹消。何があったのかとソワソワしていたら、「右有鉤骨鉤骨折」の診断を受けたと球団から発表された。「競技復帰まで2~3ヶ月」と報じられたのは即ち、今季中の復帰は“絶望的”ということだった。30日には、右有鉤骨部分切除術を受けたと発表された。

野球人生の中でも大きな試練となった1年を乗り越えて

「試練は、乗り越えられる人にしか与えられない」なんて言うけれど、だからといって、「そんな立て続けに栗原選手に試練ばっかり与えんでもいいやん……」と思ってしまった。

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 昨季は開幕直後に大怪我を負った。左膝の前十字靭帯損傷で、シーズンを通してリハビリ生活を余儀なくされた。

 昨季だって衝撃的でショッキングな怪我だった。でも、栗原選手はひたすら前を向いて歩みを進めてきた。栗原選手の周りにはいつも笑顔の先輩、後輩がいた。辛い状況なのに、周りを照らす明るい性格で、見ていて本当にすごいな、素敵だなと思っていた。どんなときも変わらずにやるべき事に取り組んできた。

栗原陵矢 ©時事通信社

 元気に前を向いて復帰をめざしてきた栗原選手だったが、驚きだったのは、“日本シリーズ復帰計画”。チームが日本シリーズに進出したならば、そこで復帰するというプランもあったと聞いた。自分とチームを信じ、早足で復帰へ向けて歩みを進めた。驚異の精神力がそれを後押しするように、栗原選手は仕上がっていった。ただ、チームはCSで敗退。栗原選手は来季を見据えて、再びペースを戻した。やはり多少の無理はしていたのだろう。でも、それを感じさせないほど、目標に向かうことで栗原選手の精神力の強さが滲み出ていたように感じた。

 復帰までの過程で本当に進化していった。身体も大きくゴツくなって、ハートも強くなった。オフには単身でアメリカに自主トレにも行った。

 野球人生の中でも大きな試練となった1年を乗り越えて、パワーアップして挑んだ今季だった。

 帰ってきた栗原選手は、開幕戦で「4番・三塁」でスタメン出場すると、6回に先制3ランを放った。これが決勝点となり、復帰戦で華々しい活躍を見せた栗原選手はお立ち台に上がった。「すごく苦しかったですけど、もう1回ここに立つことを考えながら頑張ってきて、本当に良かったなと思います。あの1周を回っている時間がすごく幸せでしたし、うれしかったです。ファンの方にはたくさん声をかけていただきましたし、たくさんの人にお世話になりながら、1年間リハビリを続けてきて本当に良かったなと思います。今年なんとか恩返しできるように、一生懸命頑張りたいと思います」とお立ち台で語った。昨季1年間の栗原選手のことを思い出しながら、このヒーローインタビューに耳を傾けると、やはり感極まるものがあった。

怪我明けのシーズンでも、栗原選手はタフに練習を重ねた

 景色こそ違えど、2020年の開幕戦のことも蘇ってきた。プロ6年目で初めて開幕スタメンを勝ち取った栗原選手は、その試合でサヨナラヒットを放ってお立ち台に上がった。そこにたどり着くまでにもたくさんの怪我や挫折を経験してきた栗原選手だったからこそ、その時の輝きは本当に眩しく、見ていてとても嬉しかった。そして、その年キャリアハイの活躍を見せた。翌年もキャリアハイを更新し、チームに欠かせない戦力へと駆け上がっていくのだった。

「3年やってレギュラー」となるはずだった昨季の開幕直後に大怪我。それから約1年が経ち、復帰した今季の開幕戦ですぐに活躍してみせた。これからの明るい未来を思い描かずにはいられなかった。開幕2戦目にも先制ホームラン。2日連続のお立ち台に、今年は昨年の分までやってくれるんだろうとワクワクで胸が熱くなった。

 しかし、そう簡単にはいかなかった。膝も含め、やはり無理はしていただろう。思うような結果が出ない時期、苦しい時間も訪れた。そりゃあ、プロ野球選手は3割打てば良いバッターなのだから、そんな簡単にずっと打てるものではない。でも、ファンからもチームからも期待が大きい分、いろんなもどかしさを抱えてプレーしてきたのではないか。

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