文春オンライン

連載春日太一の木曜邦画劇場

U-NEXTにあった幕末動乱劇。笠原和夫脚本で人物造形が見事!――春日太一の木曜邦画劇場

『祇園の暗殺者』

2023/09/26
note

 近年、さまざまな動画配信プラットフォームで、映画を気軽に観られるようになった。中でも旧作邦画に関しては、U-NEXTが圧倒的だ。

 未だにソフト化されていなかったり、衛星の専門チャンネルや名画座でもあまりかからなかったり――という、「え、こんな作品も配信されているのか!」とビックリするようなレア映画が目白押し。そのラインナップを眺めているだけでもワクワクしてくる。

 今回取り上げる『祇園の暗殺者』も、そんな一本だ。VHS時代も含め、これまで全くソフト化されてこなかったが、いつの間にかU-NEXTで配信されていた。

ADVERTISEMENT

1962年(83分)/東映/U-NEXTで配信中

 舞台は幕末の京都。倒幕のために「人斬り」にあけくれる、各藩の浪士たちの物語が繰り広げられる。主人公の薩摩浪士・志戸原兼作(近衛十四郎)は「人斬り」として、土佐浪士の武市瑞山(佐藤慶)と組んで佐幕派の人間を斬りまくっていた。だが、役人の襲撃を受けて手傷を負った際に、町娘のお鶴(北沢典子)に助けられたことをキッカケにして、自身の生き方に疑問を抱くようになる――。

 まず見事なのが、脚本家・笠原和夫による各人物の造形だ。敵対する者や裏切者たちを容赦なく斬り捨ててきた冷酷さから、徐々に人間としての温もりに目覚めていく志戸原。田舎から出てきた純朴な青年だったのが、やがて人斬りとして実績を重ね、傲慢に変貌していく田代(菅貫太郎)。表では理想を語りながら、裏では冷徹に浪士たちを煽り、思うままに動かす武市。

 強さと弱さ、光と影、理想と野心といった、人間の業ともいえる表裏のギャップを浮き彫りにしていく一筋縄ではいかないドラマは、後の笠原の代表作『仁義なき戦い』シリーズを彷彿とさせる。

 笠原の組み立てた濃厚なドラマを演じるクセモノ揃いの役者たちも良い。それぞれに名演を見せ、時代の転換期の渦に飲み込まれていく人々の姿を悲劇的に彩っていた。

 これを切り取る内出好吉監督の演出も素晴らしい。基本的にはクールなタッチで追い、画面から放たれるその冷たい空気感が、策謀の渦巻く世界の非人間性を伝えてくる。

 その一方で、ハッとさせるような衝撃的な映像を挟み込むことで、クールなだけではないメリハリも加えている。特に驚くのは、志戸原の殺しを目撃したことで正気を失ったお鶴の妹・お芳(小谷悦子)の描写。暗闇の中に突如として浮かび上がる、その哀しい顔は、ホラー映画のような不気味さが漂っていた。

 小作品だが、幕末の動乱を描いた時代劇として、屈指といえる本作。この機会にぜひご覧いただきたい。

やくざ映画入門 (小学館新書 か 22-1)

やくざ映画入門 (小学館新書 か 22-1)

春日 太一

小学館

2021年9月30日 発売

時代劇聖地巡礼

時代劇聖地巡礼

春日太一

ミシマ社

2021年4月20日 発売

大河ドラマの黄金時代 (NHK出版新書 647)

大河ドラマの黄金時代 (NHK出版新書 647)

春日 太一

NHK出版

2021年2月10日 発売

日本の戦争映画 (文春新書)

日本の戦争映画 (文春新書)

太一, 春日

文藝春秋

2020年7月20日 発売

U-NEXTにあった幕末動乱劇。笠原和夫脚本で人物造形が見事!――春日太一の木曜邦画劇場

X(旧Twitter)をフォローして最新記事をいち早く読もう

週刊文春をフォロー