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水牛のウンコを魚に食べさせ、その魚を住民が…イラクの数千年変わらない“秘境湿地帯”に最先端のSDGsを見た!

高野秀行✕山田高司 対談

source : ライフスタイル出版

genre : ライフ, 社会

note

怒ったフセインが反体制勢力に行なったこと

高野 2000年近く湿地帯に隠れてひっそりと暮らしてきたマンダ教徒は、古代の新興宗教ともいうべき独自の世界観をもっていて、古くは死海文書に出てくる謎の宗教集団がそれとも言われています。イラクでイスラムが厳格化する過程で弾圧を受けて、もともとは10万人近くいたのにいまや国内に数千人しか残っていない。そんな被差別民のマイノリティは土地や家畜を持てないから職能に秀でていることが多くて、まさに舟大工はマンダ教徒の職業だったわけですね。

山田 思わぬ方向に転がっていった舟づくりの顛末は本に譲るとして、実際湿地帯をめぐってみると、東部湿地帯は鳥がたくさんいて植生が豊かで、実に興味深かったね。

©細田忠

高野 そうでした。ティグリス=ユーフラテス川にはさまれた中央湿地帯とユーフラテス川より下の南部湿地帯は反体制勢力の牙城で軍隊が入っていけないエリアだったので、怒ったフセインが水を堰き止めて壊滅状態に追い込んでいるんですね。

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 でも東部湿地帯は4割くらいイラン側なので、水を止めきれなかったから継続性があって、ペリカンの大群もいた。一説によるとイラン・イラク戦争の激戦地で沢山の人が亡くなっているのであまり人が住みたがらない。だから鳥の天国になっているのかも知れない。中央湿地帯は水牛の天国で、遊動民マアダンの人々が沢山住んでいるのとは対照的でした。

 世界各地の湿地帯を知っている隊長からみて、アフワールの特徴ってなんですか?

山田 やっぱりまずこの巨大さだよね。かつては四国がすっぽり入るくらいのスケールだったし、関東平野の7割ほどだったとも言われている。世界的に見ても稀少だと思う。

 それともう一つ、人類最古の文明が生まれた場所がすぐ近くにありながら、湿地帯では古代シュメール人とほとんど変わらない生活をしている人たちが脈々と生き延びてきたこと。文明の浮き沈みに左右されず、水牛とともに生きるマアダンの人々は浮島に葦でつくった家に住み、数千年変わらない生活をしている。「この人らこそ、本物のSDGsだ」と思ったね。あの自然がある限り、彼らのライフスタイルは永遠に続けられるだろうから。

葦でつくった浮島 ©高野秀行

シュメール文明を見て実感した都市文明の脆弱さ

高野 辺境は文明から遠く隔たっているのがほとんどです。でも、マアダンの人々は、町のかなり近い所に住んでいて、魚の網や刃物を入手できるし、水牛の乳でつくった乳製品を売ったりもする。でも文明側の都合――徴兵や徴税のような面倒なことがあると去っていって、つかず離れずの生活をしているのは、非常に興味深かったですね。