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スパイを疑われて突然拘束…中国で6年服役した日本人男性が驚愕した中国当局の“ありえない実態”「北朝鮮に関する話は違法だ」

『中国拘束2279日 スパイにされた親中派日本人の記録』より #1

2023/10/15
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「処刑のニュースは公開情報だった。北京に来る前に日本の新聞社も報道していた。おまけに、湯さんは『知りません』としか言っていない。なぜ違法なのか」

 老師に迫ると、

「中国国営新華社通信が報じていなければ違法だ」

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 との答えが返ってきた。

 私は耳を疑った。一体、この国の法制度はどうなっているのか。こんな程度の会話で拘束できる法制度、人権感覚に、怒りと呆れが交錯した。しかし、これがスパイ容疑を構成することになるとは、その時は思ってもいなかった。容疑固めをするために何でも聞くのだろう。そんな程度の認識だった。

「お前とは一度、会ったことがある」

 ちなみに、北朝鮮の治安機関である国家安全保衛部は2013年12月12日、張氏に対する特別軍事裁判を開き、国家転覆の陰謀行為を働いたとして死刑判決を下し即時執行した。このことも当然ながら全世界で報道された。こんな情報のどこが「違法」なのか。

 3人組による取り調べが続く中、ひとりの男が珍しく口を開いた。老師がお茶を入れに廊下に出た時だった。

「お前とは一度、会ったことがある。覚えていないか」

 30歳前後で浅黒い肌にオールバックの髪形。ギョロリとした目が印象的だ。どこか見覚えがある。私は思わず「あっ!」と声をあげた。

植林起工式で代表として挨拶する著者の鈴木英司氏。この時、国家安全部の人間が身分を隠し、ボランティアとして筆者に随行していた(中国・錦州で2010年6月、著者提供)

友好活動の現場にも国家安全部の監視が

 2010年6月、植林事業のため、遼寧(りょうねい)省錦州(きんしゅう)市を訪ねた時のことだ。私は日中青年交流協会の理事長を務めており、植林事業の際は代表団の団長だった。その時、私の手伝いをしてくれたのがこの男だったのだ。北京からのボランティアという話だった。

 中国では1998年の長江(ちょうこう)の大水害を機に、自然災害の防止を目的に各種の植林事業が始まっていた。1999年7月、小渕恵三首相(当時)は訪中の際、植林のために100億円規模の基金を設立すると表明。同年11月には日中両政府で交換公文が取り交わされ、日中民間緑化協力委員会が設立された。

植林活動に参加する著者の鈴木氏。左から4人目(中国・錦州で2010年6月、著者提供)

 日中青年交流協会はこの植林事業を請け負っていた。日中首脳の肝いりで始まった友好活動の現場にまで、国家安全部の監視の目があったとは。驚きのあまり、私はしばらく言葉が出なかった。