昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

消えた中国の性都 「東洋のアムステルダム」でヤバいホテルを泊まり歩いた話

中国の性産業は今……

2019/02/18

genre : ニュース, 国際

 広東省東莞市という地名を聞いても、おそらく多くの日本人の反応は「それ、どこ?」だろう。ただ、製造業関連の仕事をしていて、出張や駐在が多い人はピンとくるはずだ。東莞は世界の工場・中国広東省の中心部にある。キラキラしたイノベーションで近年台頭している深圳や、省都として長い歴史を持つ広州と比べると、モッサリした感じが抜けない工業都市である。

 さておき、東莞にはかつて、工業都市と表裏一体のもうひとつの顔があった。男性の出張者や駐在員が多いことから、中国で最も夜の産業が発達していたことだ。特に2008年ごろから2014年ごろまでが東莞の「最盛期」だったとされている。中国では当時まで、性産業の存在が事実上は黙認されていたのだ。

5年前に壊滅した「東洋のアムステルダム」

 最盛期の東莞のあだ名は「性都」もしくは「東洋のアムステルダム」。東莞で働けばカネが儲かるということで、先に来た女性が故郷から親戚や友達を呼び寄せたり、ブローカーが女性を連れてきたりした結果、盛時は10万~30万人が性産業に従事していたとされる。特に風俗サウナは東莞の夜の世界の代表的な存在で、「莞式服務(東莞式サービス)」の名は中華圏全体で有名だった。

 だが、驕れるものは久しからず。2014年2月、東莞の性産業は徹底的な摘発作戦を受けて壊滅してしまった。当時、権力を集中しつつあった習近平が、宿敵の周永康(胡錦涛政権下での公安・司法部門トップ。14年12月失脚)を潰すため、周永康が持つ巨大な性産業利権にメスを入れたことが大規模摘発作戦の理由だったとも言われている。

2014年3月、ガサ入れが入った直後の東莞の太子酒店のサウナ。私が取材に行ったところ、チャリに乗ったガードマンに全力で拒否されてしまった。安田撮影

 私はこのときにも、現地の壊滅ぶりを知るために取材で東莞へ入ったことがあった(当時の記事は「中国『エロ都市』弾圧最新現地ルポ “風俗嬢30万人”が突然消えた街を歩く」〔『週刊プレイボーイ』2014年3月24日号〕)。

 今年の冬は「性都」東莞が壊滅してちょうど5年だ。私は現在の東莞がどうなっているのか知りたくなり、再び現地に飛んでみることにした。消えた赤線地帯ならぬ、消えた「性都」のいま。写真を中心にご覧いただきたい。