文春オンライン

止められない超高齢化、大規模な豪雨災害、東日本大震災…逆風だらけの只見線が好きすぎて“1349回も乗った男”が語る“秘境路線”の魅力

2023/11/10

genre : ライフ, 社会

note

どんどん頻度を増した奥会津通い

 開発に取り残された奥会津には、失われた日本がある。

 大越さんは列車を下り、集落を歩いて魅力を探るようにもなった。

 そして、付き合いが広がるにつれて、自分以外にも写真の撮影や只見線に乗りに来て、奥会津の魅力にはまってしまった人がたくさんいることに気づかされた。

ADVERTISEMENT

 星さんは「自然だけでなく、奥会津の人情にひかれるのでしょうね。田舎に帰って来るような気持ちというか、行かないと寂しくなる」と分析する。

 福島県は浜通り、中通り、会津の3地域に分けられるが、最も情に厚いのが会津だとされる。中でも人情味があるのが奥会津だ。

 大越さんの奥会津通いはどんどん頻度を増した。

 そんなある日のことだ。会津川口駅に会津若松行きの最終列車が停車していた。「撮影しようとよく見ると、誰も乗っていませんでした。申し訳ないと思いました。列車を1日中追いかけ回して、撮影するだけ撮影し、乗らないで帰るなんて申し訳ない。当時は車で来ることもありましたが、その時から土日は全て只見線に乗ろうと決めました」と語る。

 やがて、大越さんは地元のイベントのボランティアスタッフなどとしても活動するようになっていった。

金山町に移住し、奥会津の人間として生きていくことを決意

 只見線の車内では自主的にガイドを始めた。

 只見線は全線復旧に向けた運動が高まるにつれ、「秘境の絶景路線」と呼ばれるようになった。キーマンは星さんである。撮影した写真が国内はもとより、海外まで知れ渡り、「一度は乗りたい路線」と言われるようになった。

 春は新緑と山桜、そして藤。6月から9月にかけては只見川の水面に川霧が湧いて幻想的になる。秋は紅葉が美しく、雪景色の中を走る只見線も絶景の一つだ。

秋、ススキの中を只見線が走る(只見町)

 このため不通区間があってもバスツアーなどで訪れる人が増えた。

 だが、大越さんは残念に思っていた。「いきなりバスから下ろされて、一定の区間を列車に乗せられ、わけがわからないまま帰って行く人もいました。解説があればもっと楽しめるのに、悔しいじゃないですか。誰もやらないなら自分でやろうと、見どころのガイドを始めたのです」。

 郡山から通う時、わざわざ混雑している時間に乗るようなこともした。そうした噂が広まり、2018年には旅行社からガイドを頼まれた。こうしてガイドを行った回数は数え切れない。

 そして2022年4月、大越さんは金山町に移住した。

 金山町では前年、総務省が進める「特定地域づくり事業協同組合」が設立された。若者が少ない人口減少地帯では働き手が不足している。だが、繁忙期だけ労働力が必要で、通年雇用ができない事業者もある。一方では、働き口を探す移住者もいる。そこで協同組合が若手を正職員として採用し、地元で登録した事業者に「マルチワーカー」として派遣するのだ。

 この協同組合の事務局長に星さんが就任した。

 星さんは大越さんを誘った。大越さんは二つ返事で転職し、奥会津の人間として生きていこうと決めた。