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「社員のやる気はますます失われていった」“コストダウンがうまい人間”ばかりを重宝した日本企業の大失敗

『日本の会社員はなぜ「やる気」を失ったのか』より #2

2023/11/30
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 1997年の金融危機以降、コストダウンで実績をあげた人物ばかりを出世させた日本の大企業。しかし、それが招いた“思わぬ悪影響”とは……。経済ジャーナリストの渋谷和宏氏の新刊『日本の会社員はなぜ「やる気」を失ったのか』(平凡社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/前編を読む)

“コストカッター”経営者を重宝した企業の失敗とは……。写真はイメージ ©getty

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金融危機以降増加した“コストカッター”経営者

 金融危機が起きた1997年、私は他の部署から『日経ビジネス』編集部に復帰し、「新社長登場」などいくつかの連載コラムのデスク業務を担当しました。

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「新社長登場」という連載は標題通り、就任したばかりの大企業の新社長に記者がインタビューして、社内で頭角を現したきっかけや、社長として重視する経営課題などについて紹介するコラムです。記事の書き直しを記者に指示したり、読みやすくするために赤字を入れたりするのがデスクとしての私の仕事でした。

 その時、強く感じたのは「思い切った人員削減や経費節減で頭角を現し、コストダウンを最優先の経営課題に掲げる新社長が増えたな」という印象でした。

「新社長登場」は私が若手時代の1980年代にはすでにあるコラムでした。1980年代には多くの新社長が新規事業の立ち上げや新製品開発、海外市場の開拓で頭角を現し、優先課題として多角化を掲げていた記憶があったのです。

 そこで本稿を執筆するにあたり、私は新聞・雑誌記事データベースを検索して、「新社長登場」に登場した新社長のキャリアや掲げる課題を分析してみました。

 具体的には「コスト」「経費」「構造改革」「リストラ」「合理化」「削減」という語を含む「新社長登場」の記事を抽出して、思い切った人員削減や経費節減で頭角を現したり、コストダウンを最優先の経営課題に掲げたりした新社長の数を数えてみたのです。

 記憶に間違いはありませんでした。金融危機の前後から、大企業でコストカッターの経営者が増えている傾向が読み取れました。

 日本の電機産業が世界随一の競争力を持ち、バブル景気の最中でもあった1987年、当時、隔週刊(2週間に1回の発行)だった『日経ビジネス』では「新社長登場」のコラムで28人の新社長を紹介しました。

 その中で「コスト」という語を含む記事は電力会社の新社長を紹介した1本だけでした。「経費」「構造改革」「リストラ」「合理化」「削減」の語を含む記事は1本もありませんでした。「コスト」を含む記事にしても、「コスト意識の徹底が当面の課題としているが、『目先のことに一喜一憂する会社にしたくない』と言う」と、目先の利益を得るためにコスト削減に前のめりになってしまう経営を新社長が戒める文脈で用いられています。

 これが金融危機に見舞われた1997年になると様変わりします。週刊誌となった『日経ビジネス』はこの年、「新社長登場」のコラムで48人の新社長を紹介しました。

 同様に「コスト」「経費」「構造改革」「リストラ」「合理化」「削減」という語を含む「新社長登場」の記事を抽出し、人員削減や経費節減で頭角を現したり、コスト削減を優先課題に掲げたりする新社長の数を数えてみたところ、9人にのぼりました。業種は建設機械、重工業、工作機械、自動車、光学機器の各メーカーなど大手メーカーがほとんどです。

 何人か紹介してみましょう。