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連載春日太一の木曜邦画劇場

悲劇をドラマチックに。橋本忍は原作を自分の色に染め直していく!――春日太一の木曜邦画劇場

『ゼロの焦点』

2023/12/05
note
1961年(95分)/松竹/3080円(税込)

 橋本忍の映画人生を追った最新刊『鬼の筆 戦後最大の脚本家・橋本忍の栄光と挫折』では、橋本の「脚色」にも着目している。

 橋本は原作小説の内容を大きく様変わりさせ、自分なりの色合いに染め直していく脚色方法を得意としていた。前々回の『砂の器』は、その最たるところといえるだろう。

 今回取り上げる『ゼロの焦点』も『砂の器』と同じく、松本清張の原作の一部を大きく膨らませてドラマチックな悲劇へ様変わりさせている。

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 物語は、主人公の禎子(久我美子)がお見合い結婚するところから始まる。だが、相手の憲一(南原宏治)は新婚早々に出張先の金沢で失踪してしまう。禎子は金沢へ向かい、夫の行方を追った――。

 話の主筋は、禎子による憲一の捜索を軸に展開される。原作が上手いのは、「お見合い結婚」「新婚早々の失踪」と設定したことだ。そのために禎子は憲一の過去を何も知らない。これが上手く効いており、夫の姿と真実を求めて異郷で右往左往する様がスリリングに盛り上がり、そして新たな事実の発覚や次々と起こる殺人に対する彼女の驚愕と恐怖を読者も同じ目線で共有することができた。

 こうした前半の展開は、橋本脚本も変わらない。だが『砂の器』と同様、終盤に全く異なる展開を創作している。

 ようやく決定的な証言を得られそうな人物にたどり着く禎子。だが、その人物は直前に何者かに殺害されていた。原作では、そこから禎子による必死の捜査が描かれるのだが、映画はそうではない。場面は一気に飛び、禎子は全ての真実を知った状況で真犯人の前に現れる。そして、自身の推理を禎子が伝えると、真犯人は全てを語り出すのだ。

 真犯人を断定するまでの捜査や推理といったミステリーの要素を削除する一方で、事件に至る犯人の心情を掘り下げる。その手法は後の『砂の器』と全く同じものだ。そして、語られる犯人の過去もまた同様に、痛切なものがある。

 最後の殺人において、原作は「過去を消し去るための口封じ」が動機だった。橋本脚本でも途中までは、そうだ。が、橋本は殺害を途中で止めさせているのだ。それまで過去を隠してきた真犯人にとって、心の内を曝け出すことのできる唯一の相手だと気づいたのだ。それは、互いに暗い過去を共有しているから――。

 だが、それに気づいた時には既に遅かった。そして、死なせてはならない人間を、心ならず死なせてしまうことに。

 抗うことのできない理不尽に圧し潰される人々の悲劇を、橋本は描き続けた。それを表現する上で、清張原作は最高の素材だったのだ。

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