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《直木賞受賞》熊との死闘の先に、凄まじい結末が…作家・河﨑秋子が「令和の熊文学」に込めた思い

直木賞受賞・河﨑秋子さんインタビュー

2024/01/20
note

 熊に対しては、どうしても農業寄りの見方をしてしまいます。たとえば大事に育てた家畜やデントコーン(家畜の飼料となるトウモロコシ)が襲われたら、それは一瞬で憎しみに変わり、駆除すべきだと思います。同時に、野生動物は向こうから何もしてこない限りは別に駆除する必要はないとも思っています。私にとって熊は、そうした二面性の上で像を結んでいる生き物ですね。もちろん、クマ牧場に行けば「可愛いな」とも思います。

 動物のことを野生動物だとか家畜だとかペットだとか線引きをするのは人間のエゴかなとも思うんですけれど、その境目を曖昧にしてしまうとお互いの棲みわけによくないな、とも感じています。

©文藝春秋/撮影:松本輝一

様々な「境目」を描く

――今、境目という言葉がありましたが、『ともぐい』はまさに境目を描いた小説だなと思いました。自然と人間社会の境目、動物と人間の境目、そして時代の境目。執筆の際、そうした境界のイメージは意識されていたのでしょうか。

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河﨑 そうですね。境目というのは結局、差異になりますよね。生き物と人間の差異、山の中で生きることと街の中で生きることの差異、男と女の差異。その差異をめぐって、何かを押しつけられたり、拒絶したりされたりして葛藤が生まれる。それは場合によっては血を伴う戦いにもなりうる、ということは考えていました。

――ああ、本作には男と女の境目というモチーフもありますね。白糠の商店に引き取られた少女、陽子という存在が強烈でした。彼女は人間社会の中で虐げられてきた存在でもありますね。

河﨑 いろんな意味で熊爪とほぼ対極ですよね。種族は同じ人間ですが、生き物のオスとメスという意味でも違いますし。境目が強調されるものと境目を失うものとのメリハリをつけるという意図もありました。

――改稿の際に時代設定を日露戦前夜にしたのも、時代の境目を意識されたからでしたか。

河﨑 そうですね。白糠の発展を調べて加えていきました。昔は炭鉱があり鉱業の面で山の中にどんどん人間が入っていって、石炭を港に運ぶための植民軌道もありましたが、それが日露戦争前夜から町の様子が変わっていく。熊爪はそれを理解しようともしていないので詳しい記述は避けましたけれども、背景にそうした要素を入れました。