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あごが欠け、局部がえぐられた死体……その道30年のベテラン監察医が見つけ出した「意外な犯人」

あごが欠け、局部がえぐられた死体……その道30年のベテラン監察医が見つけ出した「意外な犯人」

2024/03/13

source : 文春文庫

genre : エンタメ, 読書, 社会, サイエンス

note

浮かび上がった意外な犯人と、なくなった局部の行方

 胃内容、血液、尿などの化学検査の結果を待たなくては結論は出せないが、解剖終了の時点では、酒好きの池さんが、マグロの刺し身をおかずに焼酎を飲んでいるうちに、誤ってのどにひっかけ、窒息死したものと推定された。

 主の急死によって、数匹の猫たちは餌に窮した。小屋の中の食べ物が全部食べ尽くされると、あとは池さんののどに詰まっている魚だけである。猫がその魚を食べようと必死になり、口の周りを食べていく。しかし、のどの魚までは届かない。

 顔がやや右下向きになっていたので、池さんのよだれが頬を伝わり右耳に達していたのだろう。空腹の猫は右頬から右耳たぶまでかじった。

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 そこまでの推理は簡単であった。耳たぶのギザギザの咬創は、それを裏付けている。ネズミや犬の咬創とは、歯型が違う。

©AFLO

 それでは、陰部はどうしたものか。えぐり取られたようになっているが、出血などの生活反応はなく、黄色い皮下脂肪が露出し、死後の損傷であることは明白である。まさかこの汚い小屋に女性が訪れてくるとは考えにくい。

「やはり猫の仕業か?」

 解剖に立ち会っていた検視官は、そうつぶやいた。

 とすれば、池さんは死亡前に下半身だけ裸になっていたことになる。暑い季節ではない。むしろ肌寒いのである。そう考えるならば陰部にも魚の臭いがついていた方が都合がよい。

 独り暮らしの池さんが、ズボンをぬぎ、下半身を裸にして、そこに魚の汁などをつけて猫になめさせ快感にひたっていたとは、考えすぎであろうか。

 下腹部の線状擦過傷は猫の爪痕のようなのである。食べにくい股間の場所がらを思うと爪痕ができておかしくない。

 うがった考えだが、推定の範囲を出ない。現場には数匹いた猫が、一匹しか残っていなかった。食べ物がなくなったので、あとの猫は居所を移したのだろう。

 数日後、化学検査の結果がわかった。血液、尿中から多量のアルコールが検出された。胃内容から毒物は検出されなかった。池さんは予想した通り、泥酔状態で魚を誤嚥し窒息死したのである。

 陰茎から睾丸まで根こそぎもぎとった猟奇事件も、結局犯人は猫のタマであったということで落着した。追いつめられたとき、人間はどうするのか、考えさせられる事件であった。

死体は語る (文春文庫 う 12-1)

死体は語る (文春文庫 う 12-1)

上野 正彦

文藝春秋

2001年10月10日 発売

あごが欠け、局部がえぐられた死体……その道30年のベテラン監察医が見つけ出した「意外な犯人」

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