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「ランナーの涙は意味不明」それでも視聴者が『24時間テレビ』のマラソンに感動する理由とは…元テレビマンが語る共感できるコンテンツの作り方

『ありえない仕事術 正しい“正義”の使い方』より #2

2024/03/20
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 伝説的なドキュメンタリー番組『ハイパーハードボイルドグルメリポート』(テレビ東京)の仕掛け人として知られる、映像ディレクターの上出遼平氏。そんな上出氏が、初のビジネス書『ありえない仕事術 正しい“正義”の使い方』(徳間書店)を上梓した。本書は2部構成で、第2部ではアッと驚く展開が待っているが、ここでは第1部より一部抜粋の形で紹介する。

 ギャラクシー賞を二度も受賞するほどの名作を生み出した気鋭のテレビマンは、どのように仕事と向き合い、テレビ業界を生き抜いてきたのだろうか?(全2回の2回目/1回目から続く)

上出遼平氏(写真=徳間書店提供)

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そのことはあなたしか知らない

 さて、「自分が作る動画にはそもそも誰も興味を持っていない」という出発点に立ち、ようやく映像制作にとりかかったとしましょう。ここで大半の人が2つ目の壁にぶつかります。残念ながら、それはほとんど不可避とさえ言えます。

 その壁の名は、「前提知識共有幻想」。つまり、あなたが今から見せようとしているものについて、視聴者は何1つ知らない可能性が極めて高いにもかかわらず、あなたはいくつかの知識を共有している前提で物語を始めてしまう。登場人物の設定、場の状況などが典型的なそれに含まれます。卑近な例で説明してみましょう。

 私がまだ学生だったある年の三が日。懐かしい匂いのするこたつに首まで潜って、ぼーっとテレビを見ていました。それはごく一般的なトーク主体のバラエティ番組で、父と母もみかんを口に運びながら楽しそうに眺めています。スタジオでは何らかのゲームが始められました。その罰ゲームをどうするべきか、侃侃諤諤(かんかんがくがく)、出演者たちが過剰な興奮状態で議論しています。ケツバットがいいのか、ワサビシュークリームがいいのか、センブリ茶がいいのか……。その時1人の女性アイドルがこう発言しました。

「私は坊主でも構いませんけど?」

 その発言を受けた他の出演者はこう言います。 

「そんなのお前にとっちゃ罰ゲームでもねえだろ!」

 そしてスタジオには大きな笑いが生まれます。

笑うための前提条件が不足

 私と母は、笑い声を上げるまではいかなくとも、微笑ましくその光景を見ていました。 

 しかしその時父が、実に寂しそうな顔でこう言ったのです。

「意味がわからないんだけど」

 そう、父にはスタジオで繰り広げられたくだりの意味がさっぱりわからなかった。そして、それは多分読者の皆さんも同じでしょう。どちらかと言えば、それを微笑ましく見ていた私と母の方が奇怪に映ったことと思います。なぜなら今の記述では、笑うのに必要な前提条件が不足しているからです。

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