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連載地方は消滅しない

「日本一暑いまち」埼玉県熊谷市だからこそ生まれた奇跡のブランド米

地方は消滅しない――埼玉県熊谷市など

2018/08/21
イラストレーション:溝川なつみ

「日本一暑いまち」として知られる埼玉県熊谷市。夏の風物詩は「熊谷うちわ祭」だ。毎年7月20日から3日間、大通りを山車や屋台が巡行する。観客にうちわが配られることから、祭の名前がついたと言われているが、確かにうちわでもなければ見ていられないほど暑い。

 その巡行が終わった翌日の23日、熊谷の最高気温が41.1度を記録した。観測史上、国内最高気温を塗り替えたのだ。

 熊谷では2007年8月にも40.9度を記録し、当時の国内最高気温を“樹立”している。その後の13年8月、高知県四万十市が41.0度を記録して“王座”を奪われたが、5年ぶりに奪還した。

 これほどまでの気温になると、熱めの風呂に入っているのと同じだ。気象庁が緊急会見で「命の危険性がある」と警鐘を鳴らしたが、植物にとっても同じだろう。

 例えば稲。通常は半透明の米粒が実るのに、白濁してしまう。白濁部分は精米で粉々になってしまうので、売り物にならない。

 だが、埼玉県には高温に強い「彩(さい)のきずな」という新品種がある。熊谷の暑さを一種類だけ耐え抜き、品種化された奇跡の米だ。

 意図して開発されたのではなく、「偶然」が重なって生まれた。その経緯を知るため、同県の米の開発史を少しさかのぼってみたい。

 同県で米の新品種を生み出してきたのは、熊谷市にある埼玉県農業技術研究センターだ。

 設立の1900年から米の品種開発に取り組み、都道府県の農業試験場としてはトップクラスの実績を持つ。戦後は病害虫に強い品種開発に取り組んできた。産地が都市に近接している県なので、農薬を減らせる環境に優しい米を目指してきた。

 稲には葉が枯れてしまう縞葉枯(しまはがれ)病がある。ウンカが媒介するウイルス病だ。同センターは1980年度、この病気に強い「むさしこがね」という品種を開発した。それまでは収穫できなくなる田んぼが出るほど被害が深刻だったが、むさしこがねの普及で水稲栽培は劇的に変わった。

 ただし食味が今一つだった。「一億総グルメ時代」の到来もあり、品種としては廃れていった。

 そこで美味しさも兼ね備えた米の開発に取り組んだ。02年に新品種の登録をした「彩のかがやき」は、そのヒット作である。縞葉枯病以外の病害虫にも強く、埼玉県内では一気に作付面積が広がった。

 稲は収穫時期によって早生(わせ)、中生(なかて)、晩生(おくて)に分けられる。彩のかがやきは晩生種なので、もう少し早く収穫できる中生種の研究にも03年から取り組んだ。

 新品種の開発は、異なる品種の交配から始まる。掛け合わせた最初の穂には、形質の異なる1000粒から2000粒の種ができる。これを栽培し、病害虫への耐性、食味、収量などの点から選抜していく。

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