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アメリカ以外の国では売れないが…「唯一の例外国は日本」改めて知りたい、“自己啓発書”のルーツと変遷

速水健朗が『アメリカは自己啓発本でできている』(尾崎俊介 著)を読む

2024/04/07
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『アメリカは自己啓発本でできている ベストセラーからひもとく』(尾崎俊介 著)平凡社

 億万長者になりたい、ビッグな夢を叶えたい。書店のベストセラー上位の常連分野が自己啓発書だ。だがそれを新聞の書評欄で見ることはない。自己啓発書は好き嫌いが分かれ、距離をとる人も多い。とはいえ、その背景はいったん偏見を抜きにして知りたくはある。

 自己啓発書は、18世紀の末にアメリカで発祥した分野。本書は自己啓発書の主なベストセラー書に触れながら、そのルーツや変遷を探求していく。ここでは3つのポイントを抜き出し、本の内容に触れてみたい。

 まず、アメリカにおいてセールスマンが特別な存在という指摘が興味深い。自己啓発書の著者にはセールスマン出身者が多い。これは読者が誰かという問題でもある。誰もが歌手やスポーツ選手になれるわけではない。だが有能なセールスマンは、平等に夢が持てる職業。そして、研究者やコラムニストの言うことより、セールスマンの言うことが説得力を持つのもアメリカらしい話である。

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 2つ目のポイントは自己啓発書は時代とともに変化するという指摘。

 戦後生まれのベビーブーマー世代の青春期が1960年代にやってくる。ヒッピーや反戦運動やロックの時代。若者たちは親世代の価値観を否定し、成功や夢の実現といった存在にも背を向けていく。自己啓発書の価値観は、一度は失われたと思われた。

 1970年代が始まると、新しいベストセラーとしてダイエット本やワークアウトの本が生まれた。ただ、これらは形式だけ変わった自己啓発書なのだと著者は指摘する。価値観は変わっても、自己を啓発しようとするアメリカ人の根本はまるで変わらなかったのだ。

 自己啓発大国で、それ自体に疑義が唱えられたことはないのか? 2009年にコラムニストのエーレンライクが『ポジティブ病の国、アメリカ』を書き、ポジティブが過ぎる社会を批判した。彼女は「ガンは贈りもの」という言葉を交わし合うガン患者の様子を見て「なんでもかんでもそれだけで乗り切れるというものではない」と指摘した。ただ、そんな批判への関心も一時的なもの。再びポジティブ思考を取り上げる本があふれるようになる。

 ポジティブ思考は、自己啓発を形成する主流の考え方。それを唱えた先駆者が本書に登場する。牧師のノーマン・ヴィンセント・ピール。信仰と自己啓発が謳う成功(現世利益)は、相反しないと主張し、「神のセールスマン」と自称した。そんな彼を崇拝する1人がトランプ元大統領だ。ポジティブ思考は、今のアメリカでも衰えていない。

 最後にもう1つ。自己啓発書はアメリカ以外の国では売れないのだという。唯一の例外国が日本。なぜそうなのかは、著者に聞いてみたいところ。

 ポイントを3つだけ挙げるはずが、4つになった。本のおもしろさゆえに筆が勢いづいてしまった。

おざきしゅんすけ/1963年神奈川県生まれ。愛知教育大学教授。専門はアメリカ文学・アメリカ文化。著書に『紙表紙の誘惑』、『アメリカをネタに卒論を書こう!』、『S先生のこと』(第61回日本エッセイスト・クラブ賞)、『ホールデンの肖像』、共著に『アメリカ文化史入門』、『英語の裏ワザ』などがある。
 

はやみずけんろう/1973年石川県生まれ。ライター・編集者。『東京どこに住む?』『1973年に生まれて』など著書多数。

アメリカ以外の国では売れないが…「唯一の例外国は日本」改めて知りたい、“自己啓発書”のルーツと変遷

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