『ハーレクイン・ロマンス 恋愛小説から読むアメリカ』(尾崎俊介 著)平凡社新書

 この本の魅力的なところは、ハーレクイン・ロマンスという基本的には女性が愛読するシリーズとその歴史を、アメリカ文学を専門とする男性の学者が解体してみせたところにある。断っておくがここで著者のジェンダーを問題にしたいわけではない。「ロマンス小説が好きで好きでしょうがない人がロマンス小説の魅力を語った」のではなく、「なんだかわからないけどものすごく売れていて歴史も長いこのシリーズはいったいなんなんだと学者が本気を出して調べた」という「距離感」が絶妙だということだ。そして読んでいくうちに、ハーレクインを読む女性たちと同様、著者もその魅力の虜になっていくというミイラ取りのような構造も楽しい。

 ハーレクイン、日本ではコミカライズもされ毎月何冊も出されるほど書店の一角を担っているが、じっくり読んだことのある人は少ないかもしれない。私は興味本位で読んでいるが、内容といえば働く女性がむかつく大金持ちに見初められるもののなびかず、反目するが最終的にお互い内面に惹かれあい気づいたら結婚しているというノンストレスのハッピーエンド小説だ。ヘリコプターでヒロインを迎えにきたり助けにきたりするヒーローもいたりして思わず笑ってしまうものの、こんな世界あってもいいなと思える妙な幸福感がある。

 この、男女問わずだれが読んでも抱くであろう妙な幸福感の源泉はどこにあるのかを言語化しているのが本書だ。しかも、小説のあらすじに適度にツッコミを入れながら、ハーレクインがなぜ70年以上も続くロングセラーシリーズとなったのか、その歴史がするする入ってくるような軽妙な文体で書かれている、学者による正真正銘の「文学史」だ。本が高価だった時代、貸本という形で小説が読まれることを前提とした商売展開をし、さらにイギリス、カナダ、アメリカと販路を拡大していった経緯、そして内容的になぜワンパターンを続けることにこだわったのかなど、マーケティングなんていう言葉がまだなかった頃から、時代に合わせて戦略を変化させていった様が手に取るようにわかる。偶然と縁と読者によって支えられてきた歴史。ハーレクインの歴史を紐解くことは、アメリカ文学の歴史をたどる作業と重なってくるのも興味深い。

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 特に衝撃的だったのは、80年代に盛り上がったフェミニズム運動に批判されたロマンス小説が、ヒロインは仕事でも恋でも自己実現しているのだという主張によって、まさかの大融合という結果を迎えたことだ。〈「反発と対立」から「相思相愛」へ。「誤解と不和」から「結婚」へ。〉と、ロマンス小説を地でいく展開で、ハーレクインはこの21世紀でも健在だ。分断する壁を愛で溶かす。ハーレクインは人類の発明かもしれない!

おざきしゅんすけ/1963年、神奈川県生まれ。愛知教育大学教授。専門はアメリカ文学・アメリカ文化。著書に『紙表紙の誘惑』『アメリカをネタに卒論を書こう!』『S先生のこと』『ホールデンの肖像』などがある。

サンキュータツオ/1976年、東京都生まれ。学者芸人。著書に『ヘンな論文』、共著に『ボクたちのBL論』など。「渋谷らくご」を毎月開催。