死に体の会社に廃炉を任せられるのか
東芝に降りかかっている問題は、東京だけを見ていては分からない。私は会見の4日前の3月10日、東京電力福島第一原発(いちえふ)を訪れた。
帰還困難区域に指定された双葉町、大熊町。一般の立ち入りは禁じられているが真ん中を貫く国道6号は通行可能だ。車を降りると警備員が飛んでくるので、撮影は迅速に済ませなくてはならない。メディアも立ち入りを禁止されているのだ。
そこには、東芝が背負った「業」に向き合う技術者と作業員がいる。
国道6号は周辺のいわき市などに住む作業員が乗る車と、建設資材を運ぶダンプで常態的に渋滞している。6000人いる作業員の中の一人は「行き帰りで往復3時間。これが辛い」と嘆く。
東京では「粉飾決算の会社」として叩かれっぱなしの東芝だが、ここでは皮肉なことに「かけがえのない会社」になっている。「いちえふ」で事故を起こした4基の原子炉のうち、1号機を作ったのは米ゼネラル・エレクトリック(GE)、2号機はGEと東芝、3号機は東芝、4号機は日立製作所が作った。つまり東芝はどこよりも「いちえふ」を知る会社だ。
通常のプラント事故では、機器に欠陥があった場合、メーカーは製造物責任を問われるが、原発プラントの場合、メーカーは免責される仕組みになっている。だが自分たちが作った原子炉がメルトダウンを起こし、周辺の街を「帰還困難区域」にしてしまった。真面目な東芝の技術者たちが責任を感じていないわけがない。
「ええ、東芝の人はみんな一生懸命ですよ。東電もプラントのことはわからないから、汚染水の処理や原子炉内部の調査で先頭に立っているのは東芝の人たちです」
下請け会社の幹部はこう打ち明ける。
2月に初めて2号機の原子炉格納容器に投入されたサソリ型ロボットを開発したのも東芝だったが、中の線量が高すぎてカメラが作動しなくなり、内部調査はあえなく失敗に終わった。
経済産業省は「いちえふ」の廃炉作業にかかる時間とカネを「30年間で8兆円」と弾いたが、実際に作業をしている人々の実感は全く異なる。
「30年なんてとても無理。50年でもできるかどうか。とにかく今ある技術だけではなんともならない。お金をかけて画期的な技術を編み出す必要がある」
絶望的な気持ちになった。
その画期的な廃炉技術を生み出す役割を我々は、あの東芝に負わせているのだ。米国の原発事業で1兆円の減損損失を計上し、中国の原発やら米国のLNG事業やらの不発弾を抱え、上場廃止目前の東芝に、お願いするしかないのである。
東芝は当事者能力を失っている
定刻の午後4時、綱川社長、平田専務、畠澤常務と佐藤監査委員会委員長が会見場に現れた。
無表情に「今後の東芝」を説明する綱川社長。質疑応答に入ると、時折、笑みを浮かべる。すでに諦めの境地にあるようにも見える。
「東芝原発事業の良心」と呼ばれる畠澤常務は、根気よく絶望的なWHの状況を説明し続けた。「部外者」の佐藤監査委員会委員長は「今回のケースは特殊」と自分たちに落ち度がないことを繰り返し主張した。
この会社はもう死に体である。当事者能力を失っている。彼らが語る「今後の東芝」という言葉が、会見場に虚しく響く。
その死に体の会社に国の急所である「いちえふ」の処理を任せざるを得ないのが、日本の悲劇である。50年、いや100年かかるかもしれない廃炉をやり抜くには、東芝の力が必要だ。しかし肝心の東芝はとても50年存続できるとは思えない。
繰り返すが、これは東芝という一企業の問題ではない。日本の、そして世界の大問題である。だが残念ながら、1時間半に及ぶ記者会見で、そうした認識は一度も聞かれなかった。