就職後の社会人が学びなおす“リカレント教育”や、学校が企業等と協力して、研究者や技術者を育成する“産学協働”など、従来の枠にとらわれない新しい教育の形が注目を集める昨今。今年で開学から111年を迎える上智大学でも、新たな学びの場を創設しようとする動きがある。
「加速度的に変化し続けている現代社会では、年齢やそれまでの経験を問わず、さまざまな学びの欲求があります。学びたいと思っている人が、この四谷キャンパスに来れば誰でも学ぶことができるというような環境や場を作ることで、それに応えていければと思っています」
そう話すのは、上智大学 Sophia Future Design Platform(SFDP)推進室で事務長を務める川瀬崇氏だ。昨年7月に新設されたSFDP推進室は、キャンパス内で高校生、大学生、社会人が交ざり合う多層的な学びの実現を目指すという上智大学の中長期計画のもと、大学の特色を活かした教育プログラムの開発・展開を進めているという。
「2020年から先行してビジネスマン向けに『プロフェッショナル・スタディーズ』という教養講座を開講してきました。この受講者は会員企業から派遣される従業員の方がメインです。また昨年末には、本学学生向けに『アントレプレナーシップ養成講座』を企業とタイアップのうえスタートし、今年3月には高校生向けのタイ・スタディーツアーも予定しています。
一方で、対象とする受講者を限定せず、学外に向けてオープンに、大学生はもちろん高校生や社会人を含むすべての学びたいと思う人が、世代を跨いでどなたでも受けていただける講座の開設準備も進めています。それが『上智地球市民講座』です」(川瀬氏、以下同)
前向きに社会と向き合うための“テーマ”と“マインド”
「上智地球市民講座」とは、上智大学で2024度春から開講予定の公開講座。「社会変革の時代に、自らの『地球市民』としての生き方を、前向きかつイノベーティブにデザインするための学び~上智で出会う一歩先の自分~」というコンセプトが掲げられている。その中でSFDP推進室が設けたのが、3つの“テーマ”と4つの“マインド”だ。
「会社の先輩を見ればある程度のキャリアビジョンや将来像が描けていた高度経済成長期以降のバブル期とは違い、現代では自分で働き方や学び方、暮らし方といった道を能動的に探し、自らが独自のキャリアステップや生き方を創っていくという動きが重要になっています。一方で日本国内全体には停滞感が漂い、国際的な競争力も落ち込んでいます。
そんな中で、前向きに現代社会と向き合っていくにはどうすれば良いのか、ということを考えたときに出てきたのが、『社会課題』『技術革新』『社会変革』という3つのキーワードからなるテーマと、『“個”を深める』『“生きる”を彩る』『“未来”を見つめる』『“他者”に寄り添う』という4つのマインドでした。地球市民の一員として意識しておくべき要素=3つのテーマに向き合いながら、自身の働き方や生き方をアップデート=4つのマインドを醸成してほしいという思いで、それぞれを設定しています。
『上智地球市民講座』で開講される全20講座もそれぞれのテーマに振り分けてありますが、これはあくまで“目安”。一つの課題だけを考えるのではなく、関連し合う3つのテーマをまたぎながら、受講した後に自分の未来について考えられるような学びを進めていただきたいと思っています」
「他大学ではあまり見ない」従来とも一線を画したプログラム
上智大学では2019年度まで「コミュニティ・カレッジ」という公開講座を50年近くにわたって展開していたが、一度クローズしたことを契機に、社会のニーズを捉え直したことで、今回の「上智地球市民講座」はまったく違う学びの場となった。
「『コミュニティ・カレッジ』では、いわゆる語学講座や趣味関心の延長にあるような講座を多く展開していました。今回はそういった講座はもちろん、大学でやっている授業をそのまま受けていただくといった通常の公開講座とも大きく異なっていて、講師の方には単純に学部の授業を学外へ展開するだけではなく、高校生から社会人向けの全く新たな講座を作ってくださいとお願いをしています。こういった設計やコンセプトは、他大学ではあまり見ない形だと自負しています」
実際に今春から開講される講座を見てみると、今年の大統領選挙に注目が集まるアメリカと、日本を含む他国との国際関係の変化を読み解く「アメリカと世界、そして日本」(前嶋和弘教授)や、身近な暮らしを例に持続可能性や技術革新からなる新しい考え方を学ぶ「生活の中のサスティナブル・イノベーション」(堀越智教授)といった、世代を問わず関心を集めるトピックを扱う講座が目を惹く。さらには、現役のイエズス会神父である山内保憲氏による個人や組織の自己変革の方法論を考察する講座など、上智大の特色を活かしたプログラムも用意されている。
受講生同士の化学反応が起きる“場作り”を
「『上智地球市民講座』を含むSFDP新構想は学長の注力事業の一つであり、大学が従来の伝授型の授業を展開しているだけでは、学生たちからの自由な発想や着想は出てこないという着眼が今回の新部署立ち上げを後押ししています。卒業後、社会でそういった力を求められた時に太刀打ちできないという見方が大きく影響しています。
また、高等教育機関としての大学の在り方に対しても非常に強い危機感があり、学生と社会人がこういった公開講座を通して交わるなど双方向性のある受講生同士の化学反応が起きるような場作りを進め、社会における大学の機能や役割を多様化していかなければ、埋没していってしまうと考えています」
開講に先立って、昨年12月と1月には、実際に講座を受け持つ講師による「開設記念講演会」も実施された。特別契約教授の藤村正之氏による「AI時代、人生をどう生きるか」と題された講演会には、「AIの何が人生を変える力を持っているのかがわかった」(10代)、「AI時代の生き方や知識の使い方の例を示していただいた」(30代)、「人生を考えるきっかけになる」(60代)と、世代を超えた反響が寄せられたという。
「実際に開講してみると内容が難しすぎるといったケースも出てくるかもしれませんが、講座のテーマやレベル感は、社会情勢や受講者の声を反映しながら随時更新していきます。2024年度は春に20講座、秋に19講座を予定していますが、今後はもっとジャンルや講座数を増やし、より多くの学びの場を提供できるようにしたいです」
INFORMATION
【講座ジャンル】社会課題・技術革新・社会変革
【講座数】春学期20講座・秋学期19講座 1講座講義4回(1回90分)
【受講料】1講座12,000円/割引対象者 1講座10,000円(高校生、上智大学学生、上智大学卒業生、後援会会員、上智大学教職員)
【講座申込受付開始時期】2024年2月初旬予定
・講座一覧(2024年度春学期)
「戦争システムから平和システムへ―植民地時代の遺産としての民族紛争と宗教を考える―」(小山英之特別契約教授)
「難民問題と国際政治―歴史と現在―」(岡部みどり教授)
「アメリカと世界、そして日本」(前嶋和弘教授)
「文化遺産からみるグローバルとローカル」(丸井雅子教授)
「ネット時代におけるテレビ報道の最前線」(水島宏明特別契約教授)
「SDGsと平和―世界で多発する戦争をどう終わらせるのか―」(東大作教授)
「実生活に根ざしたサスティナブルマテリアルとエネルギ―」(陸川政弘教授)
「日本社会の格差と教育」(相澤真一教授)
「AIの社会への貢献と課題―貧困問題編―」(倉田正充准教授)
「環境と健康をつくるサスティナブルマテリアル」(竹岡裕子教授)
「生活の中のサスティナブル・イノベーション」(堀越智教授)
「異常気象も見据えた防災のあり方」(讃井知特任助教)
「『学ぶ』から『動く』へ―国際人権規範を使って、自分の暮らしをとらえなおしてみよう―」(田中雅子教授)
「歴史から現在・未来を読み解く―パブリック・ヒストリーの現場から―」(北條勝貴教授)
「時事トピックから現代社会を読み解く―お祭りと新宗教の問題を中心に―」(芳賀学教授)
「行動経済学者と考えるこれからの資本主義社会での働き方・生き方」(川西諭教授)
「知恵を求めて―変革の時代を生きる心とその静けさ―」(武田なほみ教授)
「人生100年時代、人びとの人生ドラマはどう変わってきたか―大家族からおひとりさまへ―」(藤村正之特別契約教授)
「持続可能なまちづくり」(田渕六郎教授)
「個人と組織の『自己変革』とイノベーションのプロセス―イエズス会の精神性が教える、個人・組織・社会を根本から変容させる方法論―」(カトリック・イエズス会センターイエズス会神父 山内保憲氏)
提供/上智大学