文春オンライン

美しき「東大王」と学ぶ「生きにくい世の中を渡っていくための教養術」

瀧本哲史×鈴木光 東大ゼミ師弟対談 #2

note

六法全書を読んでいた小学生時代

鈴木 ところで先生はどんな将来の夢を持って法学部にいたんですか?

瀧本 法律を学びたいと思ったのは小学生のころ、みんなで図書室を掃除してた時なんですよ。六法全書が出てきて「なんだこの本は!」って友だちとパラパラめくって遊んで。そこから、どうやらいろんな物事はこれに基づいて決められているらしいってことを知って興奮したんですよね。それで「六法全書を読む会」ってサークルを作ったんです。

 

鈴木 小学生とは思えない! 

ADVERTISEMENT

瀧本 で、麻布中学時代に図書館で『戦後政治裁判史録』という全5巻本を見つけてしまった。戦後昭和の政治問題になった事件の背景、裁判記録がまとまった本なんですけど、夢中になっちゃって。中でも僕は、伊達判決に衝撃を受けたんです。1959年、砂川事件に対して東京地裁・伊達秋雄裁判長が下した「日米安保条約は違憲である」という判決。

鈴木 国をひっくり返してしまうような判決です。

瀧本 「正しいと思うことを貫くと、こうなるんだ」って裁判官になりたい思いが強くなった。ただ、その後、伊達裁判官の人生を調べてみると不遇だったようで辛いなあと。それで父が学者だったこともあって、法学者を目指そうと思ったんです。

鈴木 ところが、研究者の道から一転、先生は外資系企業のマッキンゼーに就職されますよね。

瀧本 大学3年生の夏休みに「5日間で8万円」というマッキンゼーのインターンシップバイトを見つけたのがきっかけ。当時日本支社長やっていた大前研一の本も面白かったし。学卒の時にも内定もらってたけど断って、さっき話した助手時代の株式投資でビジネスに目覚めて、3年後に結局入った。なので、全くストレートな人生じゃないんですよ、回り道している。

 

偶然、回り道。教養がなければイノベーションは生まれない

鈴木 私はこれからどんな人生になるのか、まだまだわかりませんが、クイズもそうだし、今はやっていないけどバンド活動もそうだし、それなりに好きなことに夢中になって回り道している気はしているんです。回り道って、意識的にするものじゃないけれど人生を豊かにするものだってことだけは、実感しています。

瀧本 教養といわれるものの本質は、まさにそこにあるはずなんですよ。実用書的な「〇〇を身につければ〜〜になれる」というテクニカルな方法論、目的に向かっての単線的な知識と、偶然の要素すらある複合的な教養の違いがそこにある。

鈴木 ただ教養って漠然としたイメージのある言葉でもありますよね。先生は、その効用ってなんだと思いますか?

 

瀧本 一つは教養がなければイノベーションは生まれないということです。イノベーションという言葉を「新結合」と訳したほうがわかりやすいかもしれない。つまり他の分野のものどうしを組み合わせることで、これまでになかったものが発明される。ビル・ゲイツとスティーブ・ジョブズの有名な論争があるんだけど……。

鈴木 マイクロソフトのビル・ゲイツとアップルのスティーブ・ジョブズの。

瀧本 ええ。「リベラルアーツは意味がない」というゲイツの論に対して、ジョブズは真っ向から反論したんです。「アップルはテクノロジーとリベラルアーツの交差点になるべきだ」って。「Connecting the dots」というのは、スタンフォード大学での卒業生へのスピーチで語られた言葉ですが、これはまさに彼の実体験に基づいた話なんです。ジョブズは大学でカリグラフィー、西洋書体の講義を受けていたんです。これ、コンピューター開発には関係がなさそうでしょう。でもアップルがデスクトップパブリッシング(DTP)で大成功を収めたのは沢山のフォントがあったからです。関係なさそうな点が偶然つながったわけです。

 

鈴木 そうか、フォントって「字体」、カリグラフィーですもんね。

瀧本 さっき、回り道は人生に大事だって話になったけど、ジョブズの成功はまさに回り道あってのものですよね。一見離れたところにあるテクノロジーと古典的な教養が交差して、イノベーションが生まれた。現代の神話のような話です。