キレッキレで威勢の良い江戸弁と愛嬌あるやんちゃぶりで高座を沸かせる若手真打のエース、柳亭小痴楽師匠。
五代目柳亭痴楽を父に持つ二世落語家ながら、本人が言うところの“破門”を含めいささか波乱に満ちた経歴から“落語界の異端児”とも称され、何ともつかみどころのないキャラクターが人気に拍車をかけている。
”クビ”になって初めて、落語への意識がガラッと変わりました
五代目痴楽の次男として生まれ、幼い頃から独演会の手伝いに駆り出されていたという小痴楽師匠。落語家の道へと進んだのもその影響かと思いきや、きっかけは父とは別人の落語だったと話す。
「15歳ぐらいの頃、たまたまCDプレーヤーに入っていた八代目春風亭柳枝師匠の『花色木綿』という噺を聞いたんです。当時僕は漫才が好きで落語には全く興味がなかったんですが、聴いている間ずっと爆笑で、『これ、すごくいいじゃん!』って。漫才は相方が必要だけど、落語だったら一人でできるって思っちゃったんですよ」
当初は「中途半端な気持ちでやれるもんじゃない」とケンもホロロだった父だが、「それでも落語がやりたい」と食い下がる息子に、「じゃあこれを読んでみろ」と1冊の本を差し出した。
「それが立川談志師匠の『現代落語論』でした。読んでみたらものすごく面白くて、親父に『この人、すごい落語家なんだな』って言ったら、今度は談志師匠の落語のカセットを貸してくれたんです。ところが、落語を聴き始めたばかりの子どもに談志師匠の高座は難しくて、つい『談志の落語は良くねぇな』みたいな生意気なことを言ったら、外に放り出されて親父にボコボコにされました。『今度落語家になりたいなんて言ったらただじゃおかねぇからな』と怒り狂って。きっと、何も知らねえくせに落語をなめるなよっていう気持ちだったんでしょうね」
取り付く島もない怒りぶりに、しばらくは顔を合わせることを避けていたという小痴楽師匠。だが、改めて話し合う時間も持てないうちに、突然父が病に倒れてしまう。幸い一命は取り留めたものの、意識が戻るまでに2カ月近くかかり、言語障害などの後遺症も残った。
「それで親父もちょっと気弱になったんでしょうね。ようやく言葉が出せるようになった頃、『やりたいんだったらやれ』と、桂平治(現・十一代目桂文治)師匠のところに入門させてくれたんです。その頃僕はもう高校を辞めてしまっていたので、何も深く考えず、16歳で落語の世界に飛び込みました」
しかし、その覚悟のなさがやがて大きな挫折を招くことになる。1年たっても2年たっても寝坊癖が治らず、師匠の大切な羽織を寝過ごして高座に届け損なうなどのしくじりが続き、18歳にして父の元に帰されてしまうのだ。
「つまりはクビです。でも、一度破門となってしまうと落語界では生きていけないので、『お父さんとこ戻んなよ』って、破門という経歴が残らないよう、みんなで体裁を整えてくれたんです。そういうのを見ていたら、本当にものすごく迷惑をかけたんだな、と初めて身に沁みました。それまでは落語家になるために修業を“している”だったのが、修業を“させてもらっている”に変わった瞬間でした。その反省から、自分では『破門になった』って言っています。あの時から本当に落語に対する意識がガラッと変わりましたね。口は悪いままですけど(笑)」
以来父の門下で修業を積むが、残念ながら2009年、父は他界。父の弟弟子である柳亭楽輔の門下に移り、同じ年に二ツ目に昇進。神田松之丞(現・神田伯山)や桂宮治ら二ツ目の落語家と講談師が結成したユニット「成金」に参加するなど活躍の場を広げ、2019年、ついに真打への昇進を果たす。披露パーティでは「寝坊だけは気をつけます」と挨拶をし、大きな笑いを誘った。
「酒席では氷水を飲め。ただし焼酎の味だけは覚えろ」と言った父
師匠としての父と共にした時間はわずかだったが、教わったことは数限りない。酒についてもユニークな教えがあったという。
「若い頃言われたんですけど、焼酎の味だけは覚えておけと。『30ぐらいまでは宴席に行っても下座で酒を作る側だろうけど、最初の何杯かで潰れちゃっちゃ席に呼んでもらえなくなる。たいがいはみんな焼酎だから、この味だけは覚えて多少は飲めるようになっておけ。後は水割りのフリして氷水を飲んでればいいから』って」
そんな小痴楽師匠に今回、明治元年創業という老舗蔵元、濵田酒造の「薩州 赤兎馬」を味わっていただいた。「薩州 赤兎馬」は濵田酒造の三つの蔵の中で最も伝統のある「焼酎蔵 薩州濵田屋伝兵衛」で醸す本格芋焼酎。その「薩州 赤兎馬」シリーズの中で、特に小痴楽師匠が太鼓判を押したのが「薩州 赤兎馬 20度」、通称「赤兎馬 ブルー」だ。
150年余の歴史の中で培ってきた伝統製法を守りながらも、革新的な味わいを持つ芋焼酎を作りたいという濵田酒造の思いから生まれた「赤兎馬 ブルー」。厳選された紫芋原酒を使用し、従来の芋焼酎になかった爽快で淡麗な味わいが特徴で、アルコール度数も20度と少し低めになっている。
「正直に言うと芋焼酎はちょっとクセが強いイメージだったんですね。でも、この『赤兎馬 ブルー』はさわやかですごく飲みやすかったです。僕のように芋焼酎にちょっと抵抗があるという人は、イメージがめちゃくちゃ変わるんじゃないかな」
せっかくだからと「赤兎馬 ブルー」を寄席に持っていき、終演後に楽屋で落語家仲間と飲んだという小痴楽師匠。
「ひと口めからみんな『お、これうまいね!』って喜んじゃって。僕もストレートからお湯割りまでいろんな飲み方を試しましたが、ソーダ割りだと『赤兎馬 ブルー』のさわやかさがいっそう引き立って、気温が上がってくるこれからの季節にはぴったりじゃないかな。一方でロックだとフルーティーさが際立つ感じで、僕はこちらも気に入りました。『これ1本あればいろいろ楽しめるなぁ』なんてみんなぐいぐい飲むから、思わず『おい、お前らちょっと待て!』と(笑)。あっという間にボトルが空になりました」
ただ変えるだけでなく、ただ守るだけでもなく
鹿児島が誇る本格芋焼酎「薩州 赤兎馬」と出会い、お酒の新たな楽しみが増えたという小痴楽師匠。そもそも“本格焼酎”とは、規定された原料のみを使用し、伝統的な蒸留方法で製造された焼酎を指すものだが、落語家として小痴楽師匠が考える“本格”とは、どのようなものなのだろうか。
「本格ねぇ…これまた難しい質問ですが、言えるとするなら、プロ意識。落語家でいえばプロ意識を持って高座に上がっているか、ただそれだけじゃないでしょうか。たとえば僕の友人でもある神田伯山は、舞台チェックに徹底して時間をかけます。照明でも音響でも、スタッフさんが嫌がるくらい注文を出す。これは、せっかくこんなに良い設備があるんだから、めいっぱい発揮してお客さんを200%楽しませようよっていうプロ意識なんですよね」
一方でまったく異なるプロ意識を感じさせる師匠方もいると小痴楽師匠。
「三遊亭小遊三師匠や、昨年人間国宝に選ばれた五街道雲助師匠などは、どんな場所でもパッと喋ってドンと笑わせてお客さんを帰す。『こっちは落語家なんだから、頼まれたらどこでもハイって行って楽しませてあげればいいんだ』って。これもまたプロ意識の表れで、両極端ではあるけれどどちらも一流のプロ、本格だなと思います」
僕はまだまだどっちつかずですが、と笑う小痴楽師匠。だが、多くの先輩たちから教わってきたものは、プロの落語家としての大きな財産。それをしっかり後輩たちに引き継いでいきたいと語る。
「『薩州 赤兎馬』にしても、150年を超える歴史と伝統を背負ったうえで、その技を生かしながら、より多くの人に芋焼酎を好きになってもらうためにはどうすればいいのか、とみんなで考え抜いているんだと思うんですよ。ただ変えるだけでなく、ただ守るだけでなく、考えて考えて重ねたプロセスが、この『赤兎馬 ブルー』に至っている。そこが大事なんだと思います」
積み重ねてきた伝統という裏打ちがあるからこそ生み出すことができる、革新の味わい。そんな「赤兎馬 ブルー」には、軽やかさの中に骨太な覚悟を見せる小痴楽師匠の芸と相通じるものがあるような気がしてならない。
【プロフィール】
りゅうてい・こちらく●五代目柳亭痴楽の次男として育ち、16歳で落語家を志すが、父・痴楽が病に倒れ、二代目桂平治(現・桂文治)に入門し「桂ち太郎」として初高座に上がる。その後、父・痴楽の門下に移り「柳亭ち太郎」となり、父の没後に弟弟子の柳亭楽輔の門下へ。2009年11月の二ツ目昇進を機に「三代目 柳亭小痴楽」を襲名、2019年9月に真打昇進。
提供:濵田酒造株式会社 焼酎蔵 薩州濵田屋伝兵衛
https://www.sekitoba.co.jp/
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