第2次世界大戦前夜にナチスの脅威から669人のユダヤ人難民の子どもを救った男、“イギリス版シンドラー”ことニコラス・ウィントン。彼の半生をアンソニー・ホプキンス主演で映画化した『ONE LIFE 奇跡が繋いだ6000の命』(6月21日公開)だ。

 6月19日には、日本テレビ系「news zero」のキャスターを務める藤井貴彦氏が、東京都立西高等学校で講師として登壇。同校の生徒21人を前に、平和の尊さ、メディアの役割などを考える特別授業を行なった。

藤井貴彦キャスター ©鈴木七絵/文藝春秋

当たり前に通学して勉強できるという最高の幸せ

 本作を2度鑑賞して授業に臨んだ藤井“先生”の最初の問いかけは、「平和についての自分なりの意見」。生徒から「おいしいごはんを食べることができるのが平和」「家族や友だち、身近な人たちと一緒にいられることが平和」「好きな場所を行き来できるのが平和」といった声があがった。

 これに対して「たしかにそうですね」と受け止めた藤井氏。そのうえで生徒たちに語りかける。

「映画では衛生状態の悪い中、さらには親と離れる不安の中で生きる難民の子どもたちの姿が描かれていました。平和でないとおいしいごはんは食べられないし、身近な人たちとも離ればなれになってしまうかもしれません。

© WILLOW ROAD FILMS LIMITED, BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2023

 移動の自由だって平和だからこそ得られるもの。戦争や紛争によって学校にすら通えない国がある中で、こうして当たり前のように学校に通って勉強ができることは贅沢で最高に幸せであることを、このような映画を観ることによって改めて感じてほしい」

紛争が起きている現実から目を背けないことが大切

 さらに、かつて日本でも敗戦によって家族が分断され、子どもたちが移住地に取り残された問題について触れ「みなさんは、中国残留孤児という言葉を聞いたことあるかな? なければ一回検索して調べてみてほしい」と提案。

「自分だったらできること、できなくても自分ならどうするかなって想像するだけでいいと思う。戦争を知らない我々世代が今回のような映画を通して、戦争や侵攻が一般市民にどんな影響を与えるのかを知り、世界各国で紛争が起きている現実から目を背けないことが大切です」

 と“知ること”の重要性を力説した。

「情報源はスマホ」の高校生が6割

 また、映画ではメディアが大きな役割を果たす様子が描かれていることもあり、その役割についても言及。テレビや新聞ではなくネットやSNSを情報源にする傾向がある昨今、生徒たちの情報源も気になる藤井氏の質問には、6割ほどがスマホだと手を挙げた。

 これに対して藤井氏が指摘したのが、フェイク情報への意識の重要性だ。

「みなさんがスマホで見る映像や音声はその人の傾向から勝手に選ばれることが多く、なかにはフェイクの情報も流れます。検索して見たもの、その履歴からアルゴリズムで出てくる類似した映像や画像が自分のメディアに対する視野をものすごく狭めていることも忘れないでほしい」

 続いて、テレビやラジオの役割はさまざまな選択肢を提供することだと熱弁。

「我々メディアは正解を教えるわけではなく、政府からの意見を言わされているわけでもなく、事実を正しく伝え、こんな意見もあるという選択肢を提示しています。テレビや新聞を見ることによって、これまで知らなかった意見や情報を知る発見があると信じています。

©鈴木七絵/文藝春秋

 デジタル世代のみなさんは情報を誰よりも多く手にしているかもしれないけれど、質の高い選択肢とバリエーションのある情報を手にしているでしょうか? 

 一番怖いのは、考え方を一方向に向けようとすること。ツールに利用されるのではなく、ツールを上手に使ってほしい。それが、戦争が起こらないよう我々ができる小さな抵抗であると思っています」

様々な意見を知れば、自分の意見が点→線→面→球に

 そして、自身が日頃から意識しているのは、自分と異なった意見にも耳を傾けることだと明かした。

「自分とは反対の考えを持つ相手の意見を取り入れてみることも大切だと思っています。

 自分の意見だけだと“点”でしかない。だけど、相手の意見を理解すると“線”になる。それを続けると“面”になって、もっと多くの意見を理解しようとすると最終的に“球”になる。そうすれば、相手の意見にも耳を傾けて自分の意見を深めることができます。そのバランスが重要!」

 と実感を込めて強調した。

© WILLOW ROAD FILMS LIMITED, BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2023

将来「あのときから平和でよかったね」と言えるように

 最後に、「今回の特別授業がなければ本作を観ていなかったかもしれないという人は?」と尋ねると、8割ほどが正直に挙手。

「今、高校生は1,000円で映画を観ることができます。自分の知らなかったことを教えてくれて、観る側の意見を形作ることができるならば、ご家族は喜んで1,000円を出すでしょう。

 だから、これを機に自分が観たことのないジャンルの映画にも興味を持って触れてみてください。観ないことには自分の立ち位置や平和のありがたさを考えるまでには至りません。知らないよりは知ること。知ることからアイディアも生まれます。

 将来『あのときから平和でよかったね』と言えるようでありたいよね。それを作るのは若い世代のみなさんです。これから歳を重ねれば誰かにアドバイスをしたり、国を動かしたり、戦争を回避したりする世代になっていきます。それを忘れないでください」

 と生徒たちへのエールで特別授業を締めくくった。

©鈴木七絵/文藝春秋

『ONE LIFE 奇跡が繋いだ6000の命』
STORY

 時は1938年、第2次世界大戦直前。ナチスから逃れてきた大勢のユダヤ人難民が、プラハで住居も十分な食料もない悲惨な生活を送っているのを見たニコラス・ウィントンは、子供たちをイギリスに避難させようと、同志たちと里親探しと資金集めに奔走する。
 ナチスの侵攻が迫るなか、ニコラスたちは次々と子供たちを列車に乗せるが、遂に開戦の日が訪れてしまう。
 それから50年、ニコラスは救出できなかった子供たちのことが忘れられず、自分を責め続けていた。そんな彼にBBCからTV番組「ザッツ・ライフ!」の収録に参加してほしいと連絡が入る。そこでニコラスを待っていたのは、胸を締め付ける再会と、思いもよらない未来だった。

STAFF&CAST
監督:ジェームズ・ホーズ/脚本:ルシンダ・コクソン、ニック・ドレイク/出演:アンソニー・ホプキンス、ジョニー・フリン、レナ・オリン、ヘレナ・ボナム=カーター/2023年/イギリス/109分/配給:キノフィルムズ

提供/(株)キノフィルムズ