2020年に本格的な携帯キャリアサービスを開始し、大手3社の独占状態にあった市場に風穴を開けた楽天モバイル。5年間で着実にユーザー数を伸ばしてきた同社だが、実は法人事業でも大きく業績を積み上げており、契約社数は2万社を突破した。好調の理由と通信インフラの未来について、楽天モバイル代表取締役共同CEOの鈴木和洋氏に聞いた。
聞き手●村井弦(文藝春秋PLUS編集長)
“第4の選択肢”が携帯市場に現れた理由
――楽天モバイルが本格的なサービスを提供して今年で5周年ということですが、大手キャリア3社がいる中でのスタートには苦労されたのではないでしょうか?
鈴木和洋(以下、鈴木) もともと、創業者の三木谷が掲げた「携帯市場の民主化」というビジョンで市場に参入しました。当時は大手3社の独占状態でしたが、携帯料金は高止まりしていましたし、3社の料金プランを見てもほとんど内容が同じで、金額も数百円しか違わない。事実上、選択肢がない状況だったと思います。
1983年慶應義塾大学を卒業後、 日本アイ・ビー・エムに入社。 通信事業者向けの営業・事業開発責任者を務めた後、日本チボリシステムズに代表取締役社長として出向。その後日本マイクロソフト執行役員、シスコシステムズ会長などを経て2022年楽天グループ入社、’23年より現職。
そこでわれわれが第4の選択肢を提供しようと。携帯料金という家計のコストを下げて、そこでセーブしたお金を別の消費に回していただこうと考えてサービスを始めました。結果として、日本全体における携帯の料金はこの5年間で1カ月あたり3000円ぐらい下がっているかと思います。
当初は“安かろう悪かろう”なんじゃないかとか、通信品質の問題で色々とご意見もいただいたんですが、そこから地道に努力を重ねてきました。今ではリサーチ会社の調査でも非常に高い評価をいただけるようになり、賛同してくださるユーザー様も増えてきて、なんとか現在に至っているという感じです。
――大手3社の中に入っていくのは本当に高い壁だと思うのですが、利用者を増やしていく過程で、うまくいった理由はどこにあったと考えていますか?
鈴木 まずはやはり楽天グループサービスをお使いいただいているユーザー様の存在ですね。楽天は独自のエコシステム(経済圏)を形成しています。ユーザーIDは1億以上、そのうちマンスリーアクティブユーザーが約4400万。それだけのユーザー様が1カ月のうちに必ず何かしらの楽天サービスを利用して、何らかの経済活動をしているわけです。そういったユーザー様に楽天モバイルを使っていただけるように訴求してきたことが、一番大きかったと思います。
あらゆる企業のDXをエンパワーしたい
――楽天モバイルは法人の契約社数が2万社を突破※するなど、個人利用者だけでなく法人事業ビジネスも好調です。この楽天モバイルの法人事業ビジネスとはどういう内容なのでしょうか?
※2025年4月時点
鈴木 法人のお客様に社用携帯を契約いただくことに加えて、単純にネットサービスを提供するだけではなく、企業の皆様が今取り組まれているDX化を支援するための様々なソリューションも提供しています。
――2万社というとかなりの数ですが、これだけ多くの企業に選ばれているポイントはどこにあるとお考えですか?

鈴木 一つはやはり、低価格でデータ無制限というところが評価されていると思います。日本の企業でも働き方改革がかなり浸透して、会社の外からビデオ会議に出たり、業務をしたりするということが当たり前になってきている。そうすると、とにかくデータを使いますよね。
会社の外でパブリックWi-Fiに繋ぐというのはセキュリティ上のリスクがありますから、LTE通信の方が安全です。そういったときも2,980円(税抜)でデータを無制限に使えるという点は、評価をいただいているところかなと思っています。
あと、楽天グループにはとても多くの法人のお取引先様がいらっしゃいまして、90万社ぐらいでしょうか。たとえば楽天市場に商品を提供いただいている店舗様が数万社、あるいは楽天トラベルにオンラインの予約を任せていただいている施設様の数もやはり数万社ある。そういったお取引先様に提案をすることで、お客様の数を増やせているところもあるかなと思います。
――法人で働いているビジネスマンの方々の働き方は、かなりのスピードで変わっていますよね。
鈴木 ただ、日本は企業の数がものすごく多いんです。国としての特徴でもあるのですが、全部で370万社ぐらいあると言われていて、われわれのお客様はその中の2万社に過ぎません。

日本ではDXが遅れていると言われますよね。スイスのビジネススクールのIMD(国際経営開発研究所)が毎年出している世界競争力ランキングで、日本は1989年の時点では1位だったのに、年々順位を下げていて、2024年版では38位です。これには、日本のDXの遅れ、引いては日本企業の99.7%を占める中堅中小企業のDXの遅れが影響しているという話があります。
中堅中小企業では、従業員の皆様に携帯を支給して、どこでも仕事ができますよという形でDXを進めているところもまだまだ少ないんです。DXしたいと思っている中小企業の経営者さんは多くいらっしゃると思うんですが、やっぱりコストの面が不安という方も多い。楽天モバイルの低価格という強みを活かしてそこに積極的にアプローチをかけることで、日本のあらゆる企業のDXをエンパワーする立場になりたいと考えています。
――DXの伸び代がまだまだあるわけですね。今後も法人事業を成長させていくようですが、どういった戦略を考えているんですか。
鈴木 お客様のDX化をさらに支援していくという意味で、AIの活用を支援しています。今年の1月末に「Rakuten AI for Business」といって、1つのIDにつき月1,100円(税抜)で10万文字までのプロンプトのやり取りができる※という、かなり思い切ったプランを出させていただきました。すでに非常に多くのお問い合わせをいただいておりまして、テスト導入でご導入いただいているケースも増えてきています。
※2025年8月1日より、基本料金内で1企業あたり10万文字(入力、出力等)×契約ライセンス数まで利用可能。10万文字を超過する場合は1000文字ごとに10円の従量料金が発生。
楽天グループの“DNA”ならではのソリューションを
――AIを提供することによって、具体的にどういった部分でソリューションを提供されるのでしょうか?
鈴木 「Rakuten AI for Business」の特徴として、色々なテンプレートを用意しております。たとえば営業の方向けに、お客様のメールに対してうまくツボを押さえられる返信のテンプレートを提供したり、マーケティング部門の方には、マーケティングのツールを提供させていただいたり。他にも経理部門、財務部門など様々な部門の方にあったテンプレートを用意させていただいて、導入の敷居を下げています。
――10万文字で月1,100円(税抜)というのは驚きの価格設定ですね。
鈴木 携帯電話のネットワークは繋げるための手段ですが、繋げること自体にそんなに大きな意味はなくて、大切なのは繋げて何をするかということです。一般のお客様の場合は通話するのか、動画を観るのか、何をするか自分で決められますが、業務の場合は繋げた上で何をするのかということ自体がソリューションになるので、それを提供することが重要だと思っています。
――ただ安くて繋がるだけじゃなくて、法人で働く方々のビジネスがうまくいくようにサービスを提供するということですね。まさに楽天グループという、もともと通信を担っていたわけではない会社だからこそ実現できるようなソリューションの形に思えます。
鈴木 確かに、最初から通信インフラをやっている会社では出てこなかった発想かもしれないですね。通信インフラの高品質化はもちろん重要ですが、その上で動く様々なサービスやアプリケーション、ソリューションへの感度が高いというのは、楽天グループが持っているDNAの一つなのかなと思います。
――楽天モバイルとして今後描いているビジョンをお聞かせください。
鈴木 財務的な目標としては、昨年に単月で設備投資に伴う減価償却費を除いた部分での黒字化を達成したので、今年はそれを通年で達成できるようにしていきたいですね。あとは契約数です。現時点では900万を突破※したという状況なので、なんとか年内に1000万を超えるところまで持っていきたいと思っています。
※2025年7月7日時点で900万回線突破。

さらにその先としては、2026年の第4四半期ぐらいに通信衛星を使ったサービスを日本でローンチしたいと考えています。衛星から電波が届くようになれば、今は人口カバー率99.9%といっているのが、国土カバー率100%を目指せるような、違う次元のサービスに進化していくのかなと想像しています。
衛星通信では、イーロン・マスクさんのStarlinkが世の中的には有名ですが、弊社はAST SpaceMobileというアメリカの会社に設立当初から出資をしていて、取締役として経営にも関与できる立場になっています。
Starlinkとの一番の違いは、アンテナの大きさです。アンテナが大きいと出力も大きくなるのですが、非常に大きなアンテナが高度500~700kmあたりのところにあるので、ブロードバンドでビデオ通話なども普通にできるようになります。Starlinkの場合はSMS(ショートメッセージサービス)や通話がまずは中心で、ブロードバンド通信をするためには基地局等を設置する必要がありますが、われわれは近くに地上基地局がなくても、ブロードバンド通信ができるというところを目指しています。
そういったテクノロジーの面でも最先端を走り続けながらお得な携帯サービスを提供することで、お客様にはセーブしたお金を別の消費にうまく回していただいて、その消費が日本経済の底上げに繋がっていけば非常に嬉しいなと思っています。
