海上からの酸素供給が絶たれ、命綱も切れた――。海底91メートルにたったひとり取り残された若き飽和潜水士を救うために仲間たちが立ち上がった。実際に起きた潜水事故をもとに描かれ、9月26日に公開された映画『ラスト・ブレス』のメガホンをとったアレックス・パーキンソン監督に単独インタビュー。あえて深海を再現し、水中で撮影した理由とは――。

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“編集された現実”では届かないメッセージ

 世界の重要なインフラ、たとえば通信ケーブルやガスのパイプラインは、世界中の海底に張り巡らされている。それを守るのが飽和潜水士の仕事。つねに危険と隣り合わせの職業である。

 2012年、真っ暗闇の海底91メートルで、事故が起こった。ガス・パイプラインの補修作業中、若手飽和潜水士のクリスは、緊急ボンベに残された10分ぶんの酸素のみで、海底に取り残された。ベテランのダンカン、プロ意識の強いデイヴをはじめ、すべてのクルーがクリスを救うために全力を尽くす——。

 このレスキュー劇をドキュメンタリー映画にしたアレックス・パーキンソン監督が、改めて同名の劇映画に仕立てた。それが『ラスト・ブレス』である。

「僕はこの事件をよく知っている人間だ。そのことには自信を持っている」

 パーキンソン監督はそう言って笑う。

「事件に関するドキュメンタリーを撮ったとき、たくさんの人たちから高い評価をしてもらった。けれど同時に、まだ描き切れていない部分があった気もしていたんだ」

 なので、劇映画のオファーがあった瞬間、手放しで喜び、こう考えた。

「僕がこれまで作ってきたドキュメンタリーの世界には誇りを持っている。ドキュメンタリーは現実を編集することでメッセージを伝える作品だ。だが、言い方を変えれば、現実を編集することしかできない。しかし、劇映画では登場する人々の感情というスケールを広げることができる」

 それによって、観客にもっと深く知ってほしいメッセージがあった。

「僕が伝えたかったのは、“誰かのために動く”という行為の素晴らしさだ」

 たとえば絶望の先にある微かな希望、あるいは他人を信じて賭けるという意志。それらは“編集された現実”では届かない領域だ。

「このふたつの作品はコンパニオン・ピース、つまりお互いを補完し合う関係にあるんだ」

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あえて深海を再現し、水中での撮影を選んだ理由

 だから、物語の核となるウディ・ハレルソン(ダンカン役)、シム・リウ(デイヴ役)、フィン・コール(クリス役)のキャスティングの決め手も、演技力だけではなかった。

「大切だったのは、彼ら自身が役のモデルたちとつながっていること。ユーモアだったり、温かみだったり、感情の深さだったりといった、中身の部分でね」

 監督は彼らを、実際にこの事故を経験したダイバーたちとも面会させた。そのキャストがそこから何かをつかみ取っていくプロセスこそが、目指したリアリティの源泉だったという。

「俳優は、映画というものづくりのなかで、さらにキャラクターというものをつくるクリエイターだ。実在の人物に話を聞きながら、事故のことや普段の生活……言ってしまえば彼らの人生を聞きだしていた。それが物語の中に真実性をもたらしてくれた。時にそれは、僕らが想定していない感覚でもあったんだ」

 また深海の描写をリアルに見せるため、巨大な貯水タンクに海水を貯め、深夜に水中撮影を実施することで深海を再現している。さらに役者たちは訓練を積み、実際の装備を身にまとって撮影に臨んだ。撮影に入るとき、その表情や動きにはもはや演技の枠を超えたものが宿っていたという。

「水深91メートルの重圧を感じてもらうためには、本当に水中で撮影するしかなかった。俳優たちにとっても演じることと生きることが、どこかで重なった瞬間があったと思う」

 しかし、実際に潜って撮ることにこだわった理由はもうひとつあったという。

「それが観客に閉塞感、それにともなう恐怖感を共有してもらういちばんの方法だと思ったからさ」

 閉塞感の恐怖——色彩設計もその一環だった。深海を明るく透明に見せることもできたが、監督が選んだのは、真っ暗なスクリーンに潜む危険性のほうだった。

「まるでモンスターが隠れているかのような、常に危険に晒されている感覚。そういう恐怖が、映画に緊張を与えるんだよ」

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観客との架け橋となる“呼吸音”にこだわったサウンドデザイン 

 パーキンソン監督がこだわったもうひとつの要素は、音だった。

「本来、ダイバーの声はヘリウム・ボイスといって、声に含まれる周波数が変化して高い声で聞こえるはずなんだけど、必要ないだろうなと思ってやめたんだ。それよりもエモーショナル・トゥルース、人間の感情を描いて、それをいかに伝えるかのほうがフィクションとして重要だと思ったからね」

 登場人物の心理を表現する重要な手段として、最も重視したのは呼吸音だった。

「呼吸が荒くなると、観客も自然と息苦しさを感じ始める。これは、身体が反応するサウンドだと思うんだ」

 規則的に鳴る呼吸音は静かで、しかしどこか不穏さを感じる。暗闇に包まれた視界の中、観客はその音に自分の息を重ね、圧迫感が胸を締めつける。

「心拍音よりも、呼吸音のほうが観客に影響を与えると感じたんだ。呼吸の音を聞くと、人は自分の息づかいを意識し始める。それが自然と、登場人物と観客をつなぐ橋になると信じていたのさ。僕にとって、映画づくりの中でもサウンドデザインは特別な存在なんだ。もしかしたら、若いころからミュージシャンになりたかったフラストレーションがそうさせたのかもしれないね(笑)」

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 そう冗談めかしたあとで、彼はこう付け加えた。

「劇場で観るという行為の醍醐味は、他の観客と同じ体験を共有すること。クリスが危機に陥る場面では、音楽が途切れる。その瞬間、誰もが一斉に息を呑む。その静寂の瞬間を、スクリーンで味わってほしかった」

ラスト・ブレス』で象徴的に描かれた呼吸音は、観客と対話する言葉でもあったのだ。

ラスト・ブレス』は9月26日(金)より、全国ロードショー!

<STORY>
潜水支援船のタロス号が北海でガス・パイプラインの補修を行うため、スコットランドのアバディーン港から出航した。ところがベテランのダンカン(ウディ・ハレルソン)、プロ意識の強いデイヴ(シム・リウ)、若手のクリス(フィン・コール)という3人の飽和潜水士が、水深91メートルの海底で作業を行っている最中、タロス号のコンピュータ・システムが異常をきたす非常事態が発生。制御不能となったタロス号が荒波に流されたことで、命綱が切れたクリスは深海に投げ出されてしまう。クリスの潜水服に装備された緊急ボンベの酸素は、わずか10分しかもたない。海底の潜水ベルにとどまったダンカンとデイヴ、タロス号の乗組員はあらゆる手を尽くしてクリスの救助を試みるが、それはあまりにも絶望的な時間との闘いだった……。

 

出演:ウディ・ハレルソン、シム・リウ、フィン・コール、クリフ・カーティス
監督:アレックス・パーキンソン 原作:ドキュメンタリー『ラスト・ブレス』(メットフィルム)脚本:ミッチェル・ラフォーチュン、アレックス・パーキンソン&デヴィッド・ブルックス
2025年|米・英|英語|93分|カラー|5.1ch|シネマスコープ|原題:Last Breath|字幕翻訳:大西公子|映倫区分:G
©LB 2023 Limited 提供:木下グループ 配給:キノフィルムズ
公式サイト:lastbreath.jp キノフィルムズ公式X:@kinofilmsJP
 

提供/(株)キノフィルムズ