レオナルド・ダ・ヴィンチのスケッチ「アトランティックコード」、ミケランジェロの大理石像「復活のキリスト」、カラヴァッジョの絵画「キリストの埋葬」など、国宝級の名作とともに話題をさらい、関西・大阪万博のパビリオンの中でも屈指の人気を誇るイタリア館で、ライフスタイルブランドのモレスキンとモレスキン財団による巡回展「Detour Osaka」が開催された。モレスキンCEOのクリストフ・アーシャンボウとモレスキン財団CEOのアダマ・サンネの両名に、彼らが掲げる「Creativity for Social Change(クリエイティビティによる社会変革)」「Unleash Your Genius(才能を解き放て)」というスローガンに込めた想いを聞いた。
Photographs: Yoshiki Okamoto
Composition & Text: Shingo Sano
世界中のクリエイターから寄せられた、個性あふれるアートノートブック
モレスキン財団のキュレーションにより、国際的に著名なアーティスト、建築家、映画監督、グラフィックデザイナー、ミュージシャン、イラストレーター、作家などによって装飾されたアートノートブックを展示する「Detour」は、これまでにロンドン、ニューヨーク、パリ、ミラノ、上海など、世界各国の都市で展開されてきた巡回展だ。その所蔵作品は2006年の発足以来回を追うごとに追加され続け、現在までに1,600冊を超えるノートブックアートが寄贈され、同財団によって保管されている。今回、大阪・関西万博イタリア館で7月31日から8月23日の約3週間にわたって開催された「Detour Osaka」では、イタリアと日本のクリエイターに焦点を当てつつ、世界各国のアーティスト含め68名による作品を展示。日本からは伊東豊雄、隈研吾、佐藤オオキ、妹島和世、ホンマタカシ、蜷川実花のほか、関西にゆかりのある塩田千春、コシノジュンコ、VERDY、MuSuHi、松崎陸、イタリアからはマッシミリアーノ・フクサス、フラヴィオ・アルバネーゼ、ジュリオ・ヤケッティらが参加。彼らは「Creativity for Social Change(クリエイティビティによる社会変革)」というモレスキン財団の理念と、多様な若者たちの創造性と多角的思考を育む教育プログラムの趣旨に共鳴し、それぞれの作品を寄贈している。
多くの来場者が詰めかけた熱気あふれる会場を見て、モレスキンCEOのクリストフ・アーシャンボウは、「DetourOsaka」を大阪・関西万博で開催した意図を語る。
「モレスキンはただのノートを作るメーカーではなく、紙とペンの力を使って、人々の才能を解き放つという大きなビジョンをもったブランドです。そのことをできるだけ多くの人々に伝えたいと思った時に、世界中から多くの来場者が訪れる大阪・関西万博は最高の場所だと言えます。イタリア館ではダ・ヴィンチ、カラヴァッジョ、ミケランジェロと、イタリアが世界に誇るアーティストの作品が数多く展示されていますが、それらの名作と同じ空間の中で、現代のクリエイターたちが生み出したノートブックを展示できることは、とても意味のあることだと思います。自分自身のクリエイティビティを表現しようと決意した人々がみな、有名無名に関わらず、年齢や分野や国籍も超えて、平等にスポットライトを浴びる機会は、とても貴重なものだと思います。クリエイティビティは私たち一人一人に宿っていて、すべての人に平等で、とても普遍的なもの。この光景を見た来場者に、『自分にもできる』と思ってもらい、それが紙の上にペンを走らせるきっかけになればとても嬉しいです」
現代を生きる人々に求められる必須スキルとは?
アーシャンボウの言葉に続けて、モレスキン財団CEOのアダマ・サンネは、「Detour」によってもたらされるグローバルなクリエイティブの連鎖について説明する。
「クリストフが言うように、クリエイティビティは、自分自身の感受性や経験を、なにか別のものへと変化させようとするすべての人の手に宿ります。『Detour』という巡回展とそのコレクションは、まさにそれを体現するもの。すべてはノートブックという同じデバイスから始まり、現在は1,600点を超える作品がありますが、これらは100%寄付によって集められました。いわば世界中のクリエイターたちから寄せられたギフトのようなもので、それはまた次のギフトが生まれるインスピレーションとなります。我々はローカルもグローバルもひとつなぎのものと捉えていますが、そのふたつをつなぎ合わせるものこそが、このユニークな対話の中で生まれる、クリエイティブなプロセスにほかなりません」
モレスキンとモレスキン財団は、クリエイティビティによって社会変革を促していくという共通するビジョンの実現のために、それぞれが異なるアプローチを続けている。彼らがクリエイティビティに主軸を置く理由を、サンネは続けて説明する。
「歴史的に見ると、クリエイティビティは必須スキルではなく、持っていたらより素晴らしいというソフトスキルとして認識されて来ました。しかし日々目まぐるしく移ろう現代社会の中で、いま求められている最も重要なスキルがクリエイティビティであり、私たちはクリエイティビティの時代に生きていると考えています。社会変革を求める時に重要になるのは数字やデータではありません。環境問題を例にとっても、目の前にどんなにデータが揃っていて、なにをすれば解決に向かえるのかわかっていたとしても、我々人類はすぐにアクションを実行できるわけではありません。だからこそ、地球規模の重大な問題を解決する鍵として、人の心や社会を動かす力を持ったクリエイティビティを中心に据えることが重要だと考えています。
誰にでも親しみやすい、クリエイティビティのプラットフォーム
連日混雑を極めたイタリア館と「Detour Osaka」ではあったが、アーシャンボウとサンネは、一つひとつの作品を注意深く眺めていく来場者の姿を見て、イベントの成功を実感したという。
「(アーシャンボウ)ただ通り過ぎていくのではなく、身を屈めて作品を覗き込んで、その作品の背後にあるメッセージやストーリーを読み取ろうとしている来場者の姿がとても印象的でした。紙の上にペンを走らせ、自身のクリエイティビティを自由に解き放つことの素晴らしさを、しっかりと感じていただけたと思います。手を動かして紙になにかを書くことは、学習の促進や記憶の定着、論理的思考の発展などにおいて実際に有益であると、科学的な根拠を持って証明されています。作品をつくるために、広大なアトリエを持つ必要はありません。これらの作品を見て『私にもできそうだな』と思って、実際に手を動かしてもらうことが我々のゴールです。モレスキンはただのノートブランドではなく、世界中の誰にでも親しみやすいクリエイティビティのプラットフォームであるべきだと考えています」
「(サンネ)親しみやすいという点はまさにノートが持つ大きな魅力のひとつで、例えば美術館に行ってどんなに素晴らしい作品を目の前にしても、自分と作品の間には相応の距離があります。でもノートは誰に対しても、常にとてもパーソナルで親密なもの。今回『Detour Osaka』に参加したクリエイターたちのノートを見ても、作品単体で見る時よりも、それぞれの表現や想いをより親密に感じ取れるはずです」
次世代を担う学生との継続的なコラボレーション
「Detour Osaka」がスタートした週末には、イタリア館の来場者同士が似顔絵を描くワークショップ「Drawing me, Drawing you」や、アーシャンボウとサンネによるトークイベント、さらには大阪芸術大学との共同プロジェクトとして実施したアートコンペティションの授賞式も開催された。モレスキンはこれまでも学生との継続的なコラボレーションに力を入れてきたが、アーシャンボウとサンネは、次世代を担う若い世代との対話に大きな意義を見出しているという。
「(アーシャンボウ)我々は基本的に紙に筆記体を書いて勉強をした世代なので、スマートフォンやタブレットを片手に育った若い世代が、いま紙にペンを使って書くことの意味をどのように捉えているのかを知るために、学生とのコラボレーションを始めました。これは我々が新しい世代の考え方を知る上でも、彼らに紙とペンでものを書くことによってもたらされる恩恵を伝える上でも、とても重要な取り組みだと言えます」
「(サンネ)学生とのコラボレーションの本質は、そのプロセスにあると考えています。最先端の生成AIが一瞬のうちにどれだけ素晴らしいビジュアルをつくり上げられるとしても、人がアイデアを考え、計画を実行し、作品を完成させるまでのクリエイティブなプロセスというものは、決してAIが作り上げられるものではありません。AIはノートブックと人との特別な関係や、制作過程に起こる驚くべき変化を生成することはできないのです」
アーシャンボウはコンペティションで受賞した学生たちに向け、「数年後にDetourがまた日本に巡回してきた時に、この中の誰かが、今度は日本を代表するクリエイターとして、さらに素敵なアートノートブックを披露してくれることを信じています」と、激励の言葉を投げかけた。
「Detour Osaka」で展示されたクリエイターや学生たちの作品然り、その傍に展示されていたダ・ヴィンチのスケッチ然り、紙の上にペンを走らせることによってクリエイティビティが飛躍していく様子は、大人から子どもまで、イタリア館を訪れた誰の目にも明らかだった。
「なにか書いてみよう」
そう思ってペンを持ち、ノートに向かうことが、自分を少しだけ素敵なことへと導いてくれるかもしれない。それはやがて、社会に変化をもたらすなにかを生み出すのかもしれない。目の前にまっさらなノートが存在する以上、その可能性を否定することは誰にもできないだろう。
東京・六本木の21_21 DESIGN SIGHTギャラリー3では、9月10日から23日まで、長谷川祐子とSKAC(SKWAT KAMEARI ART CENTRE)をキュレーターに迎えた「Detour Tokyo」が開催される。モレスキンが世界的に仕掛けるクリエイティビティの連鎖から、今後も目が離せない。
『Detour Tokyo』開催概要

会場: 21_21 DESIGN SIGHTギャラリー3
〒107-0052 東京都港区赤坂9丁目7−6 東京ミッドタウン ミッドタウン・ガーデン
日時:2025年9月10日(水) – 9月23日(火)
営業時間:10AM-7PM
東京展では、キュレーターで美術評論家の長谷川祐子氏と、亀有のアートセンター SKAC(SKWAT KAMEARI ART CENTRE)をキュレーターに迎え、新たに16組のアーティストが参加。詩人の吉増剛造、彫刻家の名和晃平、俳優の板垣李光人、アーティストの清川あさみ、デザイナーの森永邦彦、建築コレクティブ Group、アーティストのSAIKO OTAKE、彫刻家の中村哲也、アーティストのローレン・サイ、歌手のアイナ・ジ・エンド、そしてデザイナーの松本陽介(MIYAKE DESIGN STUDIO)など、多彩な顔ぶれが集う。
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