1941年の創立以来、国内有数の脊椎・脊髄疾患治療の拠点として高度医療を提供し続けている村山医療センター。整形外科の全領域で低侵襲手術を行う一方、ほとんどの施設で受け入れが難しいとされる脊髄損傷患者の再生医療にも取り組んでいる。また、患者の社会復帰に向けたリハビリや啓蒙活動にも力を入れている。

院長 谷戸 祥之
やと・よしゆき/1989年医師免許取得。慶應義塾大学病院、藤田保健衛生大学病院、防衛医科大学校などで臨床、研究、教育に携わる。2013年に手術部長として村山医療センターに赴任。副院長を経て2020年より現職。慶應義塾大学客員教授、防衛医科大学校非常勤講師、東京医療保健大学大学院看護研究科臨床教授。

背骨の治療を大きな柱に再生医療にも注力

 脊椎・脊髄疾患治療の拠点として、高度医療を提供し続けている村山医療センター。その成り立ちは、前身の陸軍病院時代の結核患者の治療にあった。谷戸祥之院長に話を聞いた。(以下同)

「結核患者の一部の人に起こる、主に背中が丸まって体を起こせなくなる脊椎カリエスの患者さんを診るようになりました。当時は罹患すると退院するのは困難な病気でしたが、それをあるスーパードクターが背骨の大手術を始めたことをきっかけに、世界中のドクターが勉強に来るようになりました。そのドクターたちが地方に帰って脊椎外科を広めるという流れができ、それは今も続いています」

 そこから村山医療センターは、脊椎カリエス・側弯症・脊髄損傷という三つの柱の治療が中心となっていった。これらは難しい手技、長時間の手術というだけでなく、その後は長期のリハビリが必要だ。完全に麻痺している患者のリハビリには通常の病棟の約1・5倍の人件費がかかり、病院経営の大きな負担になる。

顕微鏡手術の様子

「脊髄損傷の急性期から慢性期まで診ている病院は、本州では当院だけです。普通の病院では赤字になってしまうので存続はむずかしいでしょうが、私たちは脊髄損傷の患者さんに希望を与えたい。長年、三つの柱にこだわって続けてきたのは、その道を拓きたいというプライドです」

 積み上げてきた実績が実を結び、2021年からは再生医療への挑戦が始まった。脊髄損傷の完全麻痺患者を対象にした慶應義塾大学病院との共同研究で、現在は患者にiPS細胞を移植し、どの程度回復するか安全性の評価をしているところだ。 今後は、さらに数多くの患者で回復度合い、有効性の評価を行い、最終的には保険適用で移植手術ができる体制をめざしている。

「これまで慶應病院で行われてきた移植手術を当院で行う予定です。それもあって、現在、新外来棟と手術室の建て替え計画が始まったところです。当院は交通アクセスがあまりよくないのですが、病院の北側にモノレールの新駅ができる話が持ち上がっていることもあり、駅から屋根付きのコンコース直結の外来棟の完成を待ち望んでいます」

年間約2000件の手術に携わり新たな外来部門も開設

 脊髄損傷の治療・研究をしながら、側弯症などの脊椎脊髄疾患治療、股関節や膝関節の変性疾患に対する人工関節置換術など、村山医療センターでは年間約2000件の手術に携わっている。これだけ幅広い手術に対応できるのは、脊椎脊髄専門の医師13人、人工関節専門の医師6人を擁しているからだ。これだけの数のエキスパートが揃っている病院はほとんどない。

「私たちは毎朝、整形外科全員でカンファレンスを行います。これから行う手術について意見を出し合ったり、終了した手術のプレゼンテーションをしたりと、専門領域を超えて意見交換することで、患者さんに最善の治療を提供できます。また、一人の医師の独断で手術が進むのではなく、意見を出し合って正解を探していけるのが当院の強みだと思います」

 2024年11月からは、新たに脊椎脊髄センター外来を開設。他の病院で診断がついていて、緊急度の高い手術が必要な患者に対して、可能な限り早急に専門医が手術をするという部門だ。

 例えば、椎間板ヘルニアという診断名がついた方で、そのうちの8割は適切な治療をすれば時間とともに治癒していく。ところが、残りの2割の人の中に排尿ができない膀胱直腸障害や、足がだらんと落ちて歩くのが不自由になる下垂足が出ることがあるという。

「こういう症状があったら速やかに手術しないといけません。これらの症状は非常に危なくて、時期を逸すと治るものも治らなくなってしまいますが、そういう患者さんを受け入れることができる病院は減っています。こうしたケースに緊急で手術を組むことができるのも、当院の体制や豊富なスタッフがいるおかげです」

カンファレンスの様子

治療から自立に向けて、トータルで医療を提供

 患者の回復・自立には、適切なリハビリテーションが欠かせない。新病棟の1階にある回復期リハビリ病棟には、リハビリの専門医が8人、理学療法士40人、作業療法士23人、言語聴覚士5人と多くの専門職が、治療から自立に向けてのリハビリまでトータルで医療を提供している。ここまでの数の専門職が必要な理由は、脊椎脊髄疾患や関節疾患の患者にとってリハビリが非常に重要となるためだ。

 例えば、脊髄損傷の再生医療で細胞移植をした場合も、弱った筋肉や骨をどう回復させていくかを考える必要がある。歩けるようにするためには、まず骨粗鬆症の予防・治療をベースにリハビリ計画を立てていく。そうしたノウハウは、同院に実績があるからこそだ。

「手術が必要な人は骨ももろくなるため、骨粗鬆症で圧迫骨折をして余計に状態が悪くなります。痛みがないことで、多くの人が骨粗鬆症を病気ではないと思っているようですが、がん検診の受診率が60%ほどに対して、骨粗鬆症検診は10%未満。骨粗鬆症が進むと簡単に骨折しますし、手術の難易度も上がるので、少なくとも検査だけでも受けてほしいです」

 そこで村山医療センターでは、啓蒙活動として10月19日の「世界骨粗鬆症デー」に合わせて、一般市民に向けたイベントを開催している。2つの病院と共同で、来場者に骨粗鬆症に関する講演をはじめ骨密度の測定や栄養相談、リハビリ指導などが行われる。こうした地域密着の活動は、患者未満の人の予防の観点からも続けているそうだ。

2025年度の骨粗鬆症デーの様子

 また、同院内で行われているイベントに、「脊髄損傷を語る会」がある。これは脊髄損傷を負いながら社会復帰を果たした人たちに、ご自身の体験やリハビリ生活、現在の様子について、脊髄損傷の患者やその家族、医療従事者に向けて語ってもらう会だ。

「脊髄損傷を治療していく上で大事なことのひとつが、精神的なサポートです。ほとんどの患者さんが精神的に絶望する中、前向きになれる一助にならないかと考えてこのような会を催しています」

脊椎損傷を語る会第2回の様子

 患者に希望を与えてあげたい、その思いの実現に向けて、村山医療センターの医師と医療従事者は、今日も患者と向きあっている。

INFORMATION

独立行政法人国立病院機構 村山医療センター
東京都武蔵村山市学園2-37-1
TEL 042-561-1221(代)
https://www.murayama-hosp.jp

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