AIを活用して競争優位を築くために、企業は「組織」をどう進化させるべきか。経済産業省という巨大組織で変革を推進し、現在は東京大学未来ビジョン研究センター客員教授/IGPIグループ シニア・エグゼクティブ・フェローとして日本の産業を見つめる西山圭太氏と、デル・テクノロジーズで多くの企業のAI導入を支援してきた若松信康氏の対談から、その道筋が見えてくる。

司会●村井弦(「文藝春秋PLUS」編集長)

AIの成果を阻害する組織の病

「AIが企業組織に与える影響は、ひと言でいえばファンダメンタル(根本的)なものだと思います」

 対談の冒頭、西山氏はこう切り出した。AIの登場によって人の働き方が大きく変わる以上、人が働くために構造が最適化されてきた企業組織も、根本から変わらざるを得ないという。

西山 圭太 (東京大学未来ビジョン研究センター客員教授、IGPIグループ シニア・エグゼクティブ・フェロー)
1963年生まれ。東京大学法学部卒業後、通商産業省入省。オックスフォード大学修了。産業革新機構専務執行役員、経済産業省大臣官房審議官、東京電力ホールディングス取締役、経済産業省商務情報政策局長などを歴任。2020年夏に退官。パナソニックホールディングス社外取締役。ダイセル社外取締役。著書に『DXの思考法』(文藝春秋)

「たとえば、部下が『AIを使えば、上司に相談しなくても答えが出る』と思えば、上司と部下の関係は根本から変わりますよね。わかりやすく言うと、組織がフラットになっていくということです」

 そもそも、従来の組織はなぜ縦割りを最適としてきたのだろうか。西山氏は、組織を分割してそれぞれが検討する範囲を限定することで、複雑な課題に対しても最適な答えを出せたからだと説明する。

「しかし今では、市場調査のようなことはAIを使えばこれまでよりも広い範囲を遥かに短い時間で実行することができます。こうして“探索”できる範囲が広くなったことを生かすためには、担当領域を限定するような縦割り型の組織は不十分です」

 若松氏も縦割り型組織の意思決定プロセスの問題に踏み込み、こう問題を提起する。

「これまで多くの企業が、縦割り型の組織構造や文化からくる“限定的合理性”に過度に縛られてきました。それによって多くの企業が誤った意思決定をし、市場での地位を失ってきました」

若松 信康(デル・テクノロジーズ株式会社 シニアアドバイザー)
外資系通信機器メーカーのSEとしてキャリアをスタートさせる。その後、セキュリティベンダーのプロダクトマネージャー、日系企業の技術コンサルを経て2008年より現職。中堅企業向けマーケティングの責任者を務めつつ、企業に対して戦略的なAI活用のアドバイザリーを行う。

 たとえば、かつて携帯電話市場で圧倒的な地位を築いたノキアは、当時からスマホ時代の到来を認識していた。にもかかわらず、技術開発部門と市場戦略部門が分断されていたためにスピーディーな経営判断ができず、結果として市場シェアが急落し事業を売却した。世界最大の写真用品メーカーとして名を馳せたコダックも、既存のフィルム事業の人材に依存する意思決定を繰り返したことで、デジタル技術を生かした事業展開を行なえず、経営危機に陥った。

「意思決定のプロセスにおいて、必要な情報が届かないこと、多様な人材の育成ができていないために閉鎖的な思考に陥ってしまうこと、既存事業への過度な思い入れ――このようなシステム外に内在する構造的な問題を解消していくことが、意思決定の質を高めるというAIのメリットを享受するためには不可欠です」

企業の意思決定は「予測型」へ――スピードが前提を変える

 では、具体的にはどのように組織変革を進めていけば良いのだろうか。西山氏は「綿密に計画を立てるよりも、とにかく始めて間違ったら都度修正するような考え方で進めるべき」だと語る。

「これまで『DX』と呼ばれてきた組織変革と、AIの登場による組織変革の違いは“スピード”にあります。AIが物事を学習する速度は、桁違いに速い。つまり、早くデータを集めて学習させた企業が強くなるんです。だからこそ、計画に基づいて行動する“計画型の組織”から、仮説を立ててまずは行動していく“予測型の組織”へ転換していかないと、変化に追いつけなくなります」

 西山氏は経済産業省の局長時代に、この“予測型組織”への転換をけん引した。西山氏が当時トップとして注力したのは各課が何に取り組むべきかという事業計画ではなく、「半年後にデジタルの世界でどんなことが起きそうか」「その過程でどんなオポチュニティやリスクが発生しうるのか」といった将来の予測のみ。各部署で具体的に何をしていくかは、課長のような現場のリーダーに判断して実行してもらうというスタイルで、業務に臨んでいたという。

 この西山氏の実践内容は、AI導入で成功する企業に通ずるものがあると若松氏はいう。

「これまで見てきた成功する組織の共通点は、失敗を恐れて挑戦しないことよりも、失敗から学ぶことを重視する文化です」

 若松氏が紹介したのは、あるフィンテック企業の事例だ。この企業は、顧客サービス業務を人力からAIエージェントに置き換えたところ、想定よりも質が下がってしまった。そのためスタッフを再投入して人間とAIの“ハイブリッドチーム”で業務にあたるようにしたことで、効率化とサービス品質のバランスを再設計した。このような取り組みを、失敗ではなく成功のために必要なステップとして評価することで、組織は改善を繰り返していくことができる。

「実際にAIにどこまで任せるかという判断は、活用できるデータの質・量のほか、サービスレベルやブランディングに対する企業の考え方によるため、他社のやり方をそのまま真似しても機能しません。自社に最適な“AI+人間”の協働モデルを進化させる継続的な挑戦とそれを受け入れる文化が必要なのです  」

 西山氏は「良い失敗を経験するには、とにかく速いスピードで物事を進めていくこと」だと強調した。

「何かをやってみて、3年も経ってから『ダメだった』という判断を下していては遅すぎます。1日目の失敗を2日目には直す、というような意識で、判断のサイクルを速く回していくことが重要なのです」

「ジョブ型」を超えて――AIと人間の分業を再設計する

 さらに西山氏は、組織設計の“前提”にも切り込んだ。

「少し前までは、メンバーシップ型からジョブ型組織への転換が必要だと言われていました。ジョブ型組織の一歩目は、それぞれのジョブを定義すること。しかし、何を人がやって何をAIがやるかをゼロからデザインし直す時代においては、人間のジョブをまず定義するという考え方自体が機能しません」

 必要なのは、人がやってジョブより細かいタスク単位に分解し、人とAIの役割分担を柔軟に見直しながら、AIと協働するための取り組みだ。そのアプローチには、先述したフィンテック企業のように人の業務を丸ごとAIに置き換えてみることからスタートする手法もあれば、AIエージェントに“チームメンバー”として役割と責任範囲を与えた上で、“AI+人間”のチーム編成で議論するミーティングを通して、これまでの組織の常識を超えた結論を得ようとする試みもあると若松氏はいう。

 しかし、そうした取り組みに踏み出せる組織は果たしてどれくらいあるのだろうか――。実際には、変革の必要性は認識できても変われない企業が多い。

 その理由として若松氏は、危機感やビジョンの欠如をあげる。トップは理屈を伝えるだけではなく感情を共有することが重要だという。

「社員が心配しているのは自分たちが今後どうなるのかです。この取り組みによって企業と社員が成長してともに成功できる姿をビジョンとして、理屈と感情の両面から示していくことが必要です」

 西山氏も、経営者が果たすべき役割についてこう言及した。

「企業のトップが示すべきは、5年後、10年後の人材育成の方向性です。仮説でも構わないので方向性を示さないと、人間は不安に耐えられません。

 テクノロジーの変化が速い今、職場に昔からいる古株の従業員がその事業のすべてを知っているということはもうありません。しかし、AIがどれほど普及しても、『頑張ろうね』『何に困っているの』という感情面でのサポートは人間が担う領域のままでしょう。それをきちんとできる人が必要ですし、そうした人を評価する仕組みもまた重要です」

価値創造へ至る組織変革のアプローチ

 一方で、デル・テクノロジーズの調査では、54%の経営者が従来の組織のまま AI活用を進めている。若松氏は、このアプローチ自体は否定しない。それよりも重要なのは、この先に求められる段階的な進化の道筋を描く ことだという。

 西山氏も同意し、現実的なアドバイスを加える。

「組織図を変えることから始めると時間と労力がかかり、しばらくは成果も生まれない。まずはAI活用を始めることと、そのことによって自分の担当領域をはみ出してもいいとリーダーが容認する ことです」

 さらに西山氏は自身の経験も踏まえて、次のように語る。

「広い探索ができることを許さないと、AIの価値は生かせません。私が東京電力の経営に携わっていたときも、よく『“領空侵犯”をしてくれ』と言っていました。そういう意識でいないと、互いに遠慮しあってしまい、結果どちらも立ち入らない領域ができて、抜けやミスも起きやすくなる。探索によって重なる部分が出てくることを当然のこととして認めることが重要なんです」

 若松氏が提示する組織変革の第一段階も、組織を変えずに、まず“意識”を変革することから始まる。

「まず変えるべきは組織ではなく『意識』。AIを活用した局所的な業務効率化を共有し、組織学習を通してそれらの共通パターンを見つけ、組織横断的に展開することが『AIとの協働で人に求められる役割の認識』と『個別最適から全体最適へ転換する思考』を養います。この意識の変革が、のちの成功を大きく左右します」

 西山氏は、経営者が持つべき視点を補足した。

「重要なのは、“価値創造”を意識して改革を進めること。効率化による“コストダウン”をゴールにしてしまうと、多くの場合において、AI導入による投資を回収できなかったという結論になってしまうと思います。サービスを変える、付加価値をつくるという目標を達成する意識がないと、部分的なところで採算を合わせようとするだけで終わってしまう。ゴールをどこに設定するかは、最終的には、その会社が提供しているサービスや、お客様との関係で考えていく必要があります」

 組織変革は、壮大なビジョンだけでは実現しない。また、完璧な計画を待つ必要もない。まずは小さな成功を積み重ねたり失敗から学んだりするサイクルを早く回す。理屈と感情の両面で組織を納得させながら、一歩ずつ前に進む。その先に、AIと人が共進化し、持続的な競争優位を築く未来がある。

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