工場が操業できず“どん底”→20年後、町の一大企業に……新時代の水産加工を牽引する3代目社長がUターンを決めた“父の一言”

企業が刻んできた歴史は、これからの未来を導く轍となる。企業の成長の裏にあるドキュメンタリーをお届けするシリーズ「未完の轍」。第１回目は、北海道広尾町で水産加工の極みを目指す父と息子のストーリーをお届けします。

「親父の背中を見て育つ」とよく言うが、池下藤一郎には、すぐ隣で共に走る父の横顔こそが道標だった。

（左）池下産業株式会社代表取締役会長池下藤吉郎氏、（右）同代表取締役社長池下藤一郎氏

　藤一郎が社長を務める池下産業は北海道広尾町の水産加工会社だ。藤一郎の祖父が創業、父藤吉郎が承継し、マイワシを原料に飼料となる魚粉を主に製造してきた。かつて道東近海をはじめ日本周辺ではマイワシ漁がさかんであり、1980年代には国内で年に120万トンを超える水揚げがあったという。しかし90年代半ばからその量は激減。マイワシは広尾から姿を消す。

　最盛期には40以上あった道東部の魚粉加工場はほとんどが閉業し、池下産業も魚粉製造は操業できない状態となった。「父はゲームセンターやパチンコ店を経営して何とか家族を養ってくれました。池下産業のどん底の時代でした」と藤一郎は語る。

　だが2000年代に入ると突如マイワシが網にかかり始め、2010年代には20年ぶりの豊漁に。池下産業も眠っていた工場をフル稼働させ、魚粉製造を再開することとなる。

池下産業の養殖飼料用魚粉「フィッシュミール」のを製造する様子。工場は広尾港に程近い場所にあり、水揚げされた新鮮なマイワシをすぐさま加工することができる。

「当時僕は東京の大学でサッカー部に所属し、プロの道も考えていたのですが、父から連絡があり、『手伝ってくれ』と。急いで広尾に戻り、大型免許を取ってイワシの運搬や魚粉製造に明け暮れるうち、卒業後は父と共に池下産業で働こうと決意が固まりました」

　その後藤一郎は29歳にして3代目社長となり、父と共に大手企業に負けない水産加工会社を目指す。「品質でしか勝負できない」と、養殖魚の飼料となる魚粉や医薬品にも使われる魚油は特に上質なマイワシだけを原料とし、新鮮なまま工場へ運んで即座に加工。養殖業者からは「栄養価が高いため、魚の味も1ランク上がる」と高く評価されている。今や繁忙期には1日に1500トンもの魚を加工する広尾町の一大企業だ。