保険適用の拡大で重粒子線によるがん治療は身近になりつつある。QST病院はそのパイオニアとして、1万7000人以上の治療を手がけてきた。さらなる治療効果の向上をめざし、研究と診療に取り組んでいる。

副病院長 若月 優
わかつき・まさる/2002年群馬大学医学部卒業、国立研究開発法人放射線医学総合研究所重粒子医科学センター医長、自治医科大学医学部教授などを経て2024年より現職。
保険適用の拡大で重粒子線治療が身近に
QST病院は放射線医学総合研究所の医療部門として設立された、放射線診療を基盤とする研究病院です。1993年に世界に先駆けて重粒子線治療装置「HIMAC」を開発し、30年以上にわたって重粒子線によるがん治療を牽引してきました。
一般的な放射線(X線)は体の表面に最も強く当たって減弱していくのに対し、重粒子線はがん病巣まで進んでから一気にエネルギーを放出して止まります。この特性により、周囲の正常組織にほとんどダメージを与えることなく、高い線量を病巣に集中させる治療が可能です。さらにがんを攻撃する力が強く、X線の2~3倍という高い治療効果が期待できます。腺がんや肉腫などX線が効きにくいがんにも有効であることが確認されています。
これまで良好な実績を積み重ねてきたことで、2016年に骨軟部腫瘍の治療に初めて保険が認められました。現在は、頭頸部がん、前立腺がん、局所進行性膵がん、肝細胞がん、肝内胆管がん、大腸がん術後再発、子宮頸部腺がん、早期肺がん、局所進行性子宮頸部扁平上皮がん、婦人科領域の悪性黒色腫に保険適用が拡大され、身近な治療になりつつあります。当院では豊富な治療経験をもとに、より多くのがん種の治療に対応できる体制を整えています。
研究成果を治療に反映
技術の向上を目指す
新たな治療技術の開発や臨床研究も、当院の重要な使命です。最適な角度から照射できる「回転ガントリー治療装置」や、複雑な病巣の形状や呼吸による変化に合わせられる「3次元高速スキャニング照射法」などを開発し、より精度が高く、より副作用が少ない治療を実現してきました。また、早期乳がんに対する重粒子線の単独治療、免疫チェックポイント阻害薬と重粒子線の併用療法、照射回数や治療期間の短縮など、さまざまな臨床試験も進行中です。さらに不整脈や脳の機能性疾患といった、がん以外の病気の治療に向けた研究にも取り組んでいます。

重粒子線治療はこれまでさまざまな理由で治療を諦めていた方に、新たな治療の選択肢を提供できる可能性があります。私たちはより多くの患者さんに最善の治療を届けられるように、さらなる診療技術の向上や研究開発を進めていきます。
肝臓がん
肝機能を維持しながら大きながんを治療
牧島 弘和
かつて肝臓がんは肝炎ウイルス由来の発症が多くを占めていましたが、近年は生活習慣の乱れによる脂肪肝が原因で、肝硬変から肝がんへと進行し、大きくなった状態で見つかるケースが増加しています。転移がない場合は、手術、ラジオ波焼灼術、肝動脈化学塞栓療法などの治療法がありますが、がんが大きいと根治的な治療ができないことが少なくありません。一方、重粒子線は病巣に高い線量を集められるため大きながんでも効果が高く、2022年から「手術が困難な4cm以上の肝細胞がん」に粒子線治療が保険適用となりました。肝臓がんの患者さんのほとんどは肝予備能(肝機能がどれだけ残っているか)が低下し、高齢の方も多いため、体への負担が少なく肝機能を温存しやすい重粒子線治療の役割は重要です。当院では重粒子線以外の治療を行える医療機関と連携し、最適な治療方針を提案しています。

肺がん
肺機能が悪くても重粒子で根治的な治療が可能に
中嶋 美緒
早期の肺がんの根治的な治療は手術が第一選択ですが、高齢や基礎疾患があって手術が難しい方や、手術を受けたくない方には、放射線治療が行われることが少なくありません。肺がんの約8割を占める非小細胞がんは放射線が効きやすく、手術とほぼ同等の好成績が得られています。治療による苦痛はなく、日常生活への影響もほぼありません。特に重粒子線は従来のX線よりも照射範囲を絞り込んで肺や周辺組織へのダメージを抑えられるため、間質性肺炎やCOPD、肺気腫などで肺機能が低下している患者さんにも比較的安全に治療を行うことができます。2024年から手術困難な早期肺がんの粒子線治療が保険適用になり、受けやすくなりました。他施設では多くが4回照射していますが、当院では臨床試験の結果に基づいてステージⅠ(4cm以下)には1回照射を導入するなど、患者さんの負担軽減に努めています。

膵臓がん
手術ができない部位のがんに効果を発揮
磯崎 哲朗
転移のない膵臓がんの標準治療は手術ですが、高齢や合併症、重要な血管に腫瘍が浸潤しているなど、手術が難しい場合も少なくありません。また、膵臓の周囲には副作用が出やすい臓器が近接していて、X線を使う通常の放射線治療では効果的な線量がかけられないのが実情です。重粒子線は線量集中性が高い上に殺細胞効果が強いため、X線治療では十分な治療効果が得られないがんに対しても、副作用を最小限に抑えつつ、より高い効果が期待できます。難治がんとされる膵臓がんですが、抗がん剤や手術などさまざまな治療法が進歩しており、重粒子線治療も同様です。当院は重粒子線治療において1000例以上の豊富な実績があり、私たちは他の治療法も含めた最適な戦略を考えて、これまで治療できなかった患者さんを一人でも多く治療できるようにしていきたいと考えています。諦めずにご相談ください。

前立腺がん
膀胱や直腸など周辺臓器への副作用を大きく軽減
岡東 篤
前立腺がんの重粒子線治療は、リンパ節や骨などに転移がなく前立腺内にがんがとどまっている場合に保険が適用されます。この段階であれば、手術のほか、放射線治療も小線源治療、X線や粒子線による外照射などさまざまな選択肢があり、迷う方も少なくありません。放射線治療の最大のメリットは、手術に比べると体への負担が少なく、高齢の方や持病がある方でも無理なく受けられること。特に重粒子線はX線よりも強い殺細胞効果と高い線量集中性を生かし、膀胱や直腸など周辺臓器への副作用を抑えつつ、しっかりがんを叩くことができます。当院では照射前に目印となる金マーカーを挿入して精度を高めたり、直腸との間にゲル(スペーサー)を注入しダメージを抑えるといった処置も積極的に行っています。患者さん自身が納得して治療を選び、良い結果につなげられるようサポートしていきます。

大腸がん
再発で手術が困難なケースも重粒子線で良好な治療成績
瀧山 博年
大腸がんはほかの部位のがんと違い、術後に再発や転移をしても手術などの局所的な治療で根治が期待できます。しかし骨盤内に再発した場合は手術が難しい上に、放射線に弱い腸や膀胱があるため、従来のX線ではがんを治し切れるほどの十分な線量を照射できないのが実情でした。一方、重粒子線はその特性から、周囲の正常組織への影響を抑えながら病巣に高い線量を集中させることができます。また、病巣が腸に接していても、手術で特殊なシート(スペーサー)を挟み込んでから照射することで、副作用を極力減らせるようになりました。これまで治療ができなかった人も根治を目指せるようになり、良好な治療成績が得られています。2022年から術後局所再発の粒子線治療に保険が適用され、治療を受けやすくなりました。当院は外科系の消化器専門医も在籍し、最も適した治療法を提案する体制を整えています。

INFORMATION
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構 QST病院
千葉県千葉市稲毛区穴川4-9-1
電話 043・206・3306(代表)
https://hospital.qst.go.jp
