がん治療の新たな選択肢として、注目されている「重粒子線治療」。2021年に北日本初の治療施設として開設された山形大学医学部東日本重粒子センターは大学病院に接続している強みを生かして、質の高いがん治療を展開している。

山形大学医学部附属病院 重粒子線治療センター長
山形大学大学院医学系研究科医学専攻 放射線医学(放射線腫瘍学分野)講座 教授
小藤 昌志

1996年東北大学医学部卒。放射線医学研究所副所長などを経て、2024年7月より現職。

保険適用が拡大
16種のがん治療を実施

 重粒子線治療は放射線治療の一つで、日本が世界をリードしてきた技術です。重粒子線は通常の放射線治療で用いられているX線の3倍近い威力で、狙った病巣に集中して当てることができるため、周囲の正常組織への影響を最小限に抑えてより高い治療効果が得られます。こうした特性を生かすことで、手術が適応にならなかったがんやX線が効きにくいがんに対しても効果が期待でき、根治を目指した治療の選択肢が広がりました。近年は良好な治療成績が認められ、多くのがん種に公的医療保険が適用されています。

 山形大学医学部東日本重粒子センターは北日本エリア初の重粒子線治療施設として、2021年2月から治療を開始しました。現在、先進医療も含めて16種類のがんを対象に、治療を提供しています。

 当センターの特徴は、大学病院と連絡橋で直接結ばれた「総合病院接続型治療施設」であることです。放射線治療科と各診療科との連携がスムーズで、重粒子線以外の治療法も含めて合同で治療計画を検討するなど、総合病院の医療資源をフル活用した診療を展開しています。高齢や持病のある方でも安心して重粒子線治療を受けられることも、大きなメリットと言えるでしょう。

治療前はリラックスできるように待機個室を8室用意している

先進的な技術を導入し、高精度な治療を実現

 国内2例目となる「回転ガントリー照射室」を設置していることも、当センターの強みです。装置が動いて360度どの方向からも治療部位にピンポイントで照射できるため、患者さんは楽な姿勢のままで治療を受けることができるようになりました。

回転ガントリー照射室。患者は楽な姿勢で治療を受けられる

 さらに、複雑な腫瘍の形状に合わせて細いペン先で塗り潰すようにビームを照射する先進的な「高速スキャニング照射(3Dペンシルビームスキャニング法)」を採用しているほか、呼吸で動く臓器でも呼吸同期システムを使って、きわめて精度が高い治療が実現できています。

 開設から4年半が経過し、治療を受けた患者さんは2500人を超えました。 最も多いのは前立腺がんですが、肝臓がん、肺がん、膵臓がんの患者さんも増えてきています。がん治療に重粒子線治療という選択肢が加わることで、これまで治らないと諦めていた方でも根治を目指せる可能性があります。この治療を必要とするより多くの患者さんに、当センターを利用していただきたいと願っています。

肺がん

放射線治療科助教・医学部講師
萩原 靖倫
2008年山形大学医学部卒業。神奈川県立がんセンター、QST病院(旧放射線医学総合研究所病院)などを経て、2020年に山形大学医学部附属病院に赴任。

 早期肺がんの治療では手術が第1選択ですが、高齢、基礎疾患、肺機能の低下といったさまざまな理由で手術ができない場合があります。このような場合にはより低侵襲に治療できる放射線治療で根治を目指すことが可能です。放射線治療の中でもX線に比べて重粒子は線量集中性が高いことから、病変から離れた部分の正常組織に与えるダメージが低減でき、照射後に発生しうる治療を要する放射線肺臓炎のリスクを減らすことが期待できます。とりわけ間質性肺炎があってX線治療が困難な場合や重症のCOPD(慢性閉塞性肺疾患)などで肺機能に余裕が少ない方には、適した治療となる可能性があります。2024年から早期の肺がん(Ⅰ~ⅡA期)に対する重粒子線治療が保険適応となりました。これまでよりも身近な治療選択肢として考えていただけることを願っております。

肝臓がん

放射線治療科助教
金子 崇
2013年山形大学医学部卒業。久留米大学病院、九州国際重粒子線がん治療センター、QST病院などを経て、2021年から現職。

 近年の肝臓がんはアルコール摂取や脂肪肝炎が原因で発症し、大きくなってから見つかるケースが増えています。手術やラジオ波焼灼術、肝動脈化学塞栓療法といった治療が病状に応じて使い分けられていますが、がんが大きいと治療が難しく、根治に結びつかないことも少なくありません。2022年からこうした手術が困難な大型(4cm以上)の肝細胞がんに粒子線治療が保険適用となりました。重粒子線はパワーが強い上に病巣に線量を集められる特性があり、大きながんでも根治が期待できます。照射中は苦痛もなく1週間で終了するため、身体的にも時間的にも負担が軽く、高齢や基礎疾患がある方でも治療が可能です。当センターでは大学病院の肝臓内科専門医と連携し、患者さんに最も適した方法で治療を進めています。

膵臓がん

放射線治療科助教・病院講師
市川 真由美
2004年山形大学医学部卒業。医学博士。横浜市立大学附属市民総合医療センター初期研修後、一貫して山形大学での放射線治療全般に従事。

 転移のない膵臓がんは手術が最も根治性の高い治療ですが、高齢や合併症、血管にがんが浸潤しているなどで手術ができない場合には、重粒子線治療が有用な選択肢になり得ます。膵臓がんは放射線が効きにくいがんですが、従来のX線治療よりも腫瘍に強い線量を集中できる重粒子線であれば高い治療効果が期待でき、2022年から保険が適用されています。病巣が胃や腸に近い場合も照射前に膵臓との間に特殊なシート(スペーサー)を挿入することで、十分な線量をかけられるようになりました。照射で腫瘍が縮小し、その後に手術を行って根治を目指せるケースも増えています。大学病院の強みを生かし、消化器外科、消化器内科、放射線治療科が合同で最善の治療戦略を考え、患者さんをしっかりサポートしていきます。

前立腺がん

放射線治療科准教授・病院教授/東日本重粒子センター 副センター長
佐藤 啓
2006年新潟大学医学部卒業。新潟県立がんセンター新潟病院、QST病院などを経て、2023年から現職。

 転移のない前立腺がんの根治的な治療は手術だけでなく、体に負担が少ない放射線治療も有効な選択肢です。外照射(X線、陽子線、重粒子線)、小線源治療など治療法は様々ですが、いずれの治療成績も手術とほとんど変わりません。中でも重粒子線はX線よりもがん病巣に対して強力に作用し、線量を集中させることができるため、周囲の膀胱や直腸への副作用を抑えつつしっかりがんを叩くことができます。特に悪性度の高い前立腺がんに対しては、重粒子線を選ぶメリットは大きいと言えるでしょう。患者さんご自身に合った治療法を選んでいただくため、重粒子線治療を希望して紹介された方にも、まず泌尿器科で病状や治療法の違いをご説明します。十分に説明を聞いた上で、最適な治療法を選択してください。

子宮頸がん

放射線治療科助教・医学部講師
赤松 妃呂子
2009年山形大学医学部卒業。QST病院などを経て、2014年に山形大学医学部附属病院。2017年医学博士(山形大学)。

 子宮頸がんの組織型の多くは「扁平上皮がん」であり、手術が困難な場合でも、X線による放射線治療と化学療法併用が有効とされています。一方で子宮頸がん全体の約2割程度を占める「腺がん」や、腫瘍径が大きい症例では治療成績が低下することが知られており、課題となっています。重粒子線はこうした病態に対して高い効果が期待でき、現在は「腺がん」および「腫瘍径6cm以上の扁平上皮がん」を対象として保険適用が認められています。当センターでは重粒子線治療と腔内照射を組み合わせて治療を行います。重粒子線治療を計16回行った後、腔内照射を計3回実施します。また、抗がん剤を同時併用し、根治を目指します。治療方針は婦人科医と連携して検討を行い、共に治療を進めていきますのでお気軽にご相談ください。

INFORMATION

同センターは“山形モデル”といわれる45m四方のコンパクトな設計

山形大学医学部 東日本重粒子センター
山形県山形市飯田西2-2-2
電話 023-628-5404
https://hic-east.jp/

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