首都圏、駅から徒歩20分ほどのこの辺りは、戦前は畑だったが今は宅地になっている。家の大きさはまちまちで、いびつな形の土地が多い。その迷路のような細道を、畑中一樹は帰省のために歩いていた。

 四十代、地元を離れて18年、今は妻子とともに都心に住んでいる。現在働いているのはIT系のメディア企業で、妻も同業の会社で働いている。

 1週間前、親から電話がかかってきた。話がある。時間を取って欲しい。一樹は週末の休日を使い、重い腰を上げて地元に戻ってきた。

「おい、一樹じゃねえか?」

写真はイメージです。 ©fotoco

「おまえのところ、近所で噂になっているぞ」

 ブロック塀と塀のあいだの細い道を進んでいると、背後から声をかけられた。足を止めて振り返ると、幼なじみの潮崎雄真が、路地から顔をのぞかせていた。

 小学校、中学校時代、野球部でバッテリーを組んでいた。雄真がピッチャーで、一樹がキャッチャー。高校は、一樹が進学校で別になった。しかし雄真の活躍は、家が近くなので知っていた。

「おまえのところ、最近、ちょくちょく秋雄さんが来ている。近所で噂になっているぞ」

「ああ……」

 不動産屋の秋雄さん。その件で呼ばれたとは返事をせず、あいまいに答えた。

 区役所に入った雄真は、この辺りでは頼られる存在で、周囲の噂が集まってくる。秋雄が頻繁に来ていることを、雄真が気にする理由は分かっている。雄真を含めてこの一帯の者は、一樹の父を当主とする畑中家から土地を借りて住んでいる。その父が土地をどうするかは彼らにとって大きな関心事だ。

「どうするんだ、一樹?」

「うん、まあ」

 そんなの俺にも分からない。一樹は逃げるように雄真と別れて、実家に向かった。

 懐かしい家に着いた。広い玄関で靴を脱ぎ、廊下を抜けて居間のふすまを開ける。80歳近くになる父と、10歳若い母が座卓の奥にいた。手前には、地元の不動産屋の笹塚秋雄がいる。一樹より5歳上で、子供の頃はよく遊んでもらった。今は、親の会社を継いでおり、畑中家の土地を管理している。

 入り口近くに腰を下ろすと、父が口を開いた。

「相続の件で話がある。おまえは戻る気はない。それでいいんだな?」

「ああ」

「貸している土地を売らずに相続が起きたら、結局売る羽目になるそうだ」「はあっ?」

 仕事がある、家庭もある、今さらこちらに戻り、長い時間をかけて通勤する気はない。ただ、不安が残るのは土地のことだ。相続はどうなるのか、貸している土地の管理はどうなるのか、詳しい話はしたことがない。両親の死の話をするようで気が引けていたからだ。

「お前が戻ってこないなら土地を貸し続けることは難しい。貸している土地を売らずに相続が起きたら、結局売る羽目になるそうだ」

「はあっ?」

 寝耳に水の話で一樹はうろたえる。どういうことだと思い、不動産屋の秋雄に尋ねる。

「相続税は土地の相続税評価額で決まるんだけどね。底地(そこち)は自分で自由に使えない分買い手が少なく売る時は値段も安くなる。でも相続税の評価ではそんな事情をくんではくれない。だから、相続するときに過大な税金を課されて、それを納めるために底地を売るってことがよくあるんだ」

 不動産の知識がない一樹に、秋雄が詳しく説明してくれる。

 土地を貸して、その上に借り手が建物を建てる。その場合、借りた人にとって土地は借地になり、貸した人にとっては底地になる。立場によって呼び方が変わる。

写真はイメージです。 ©fotoco

 底地の場合、借地人が一度家を建てると貸した土地はなかなか返ってこないため自分で自由に使うことができない。そのため市場では流通性が低く、値段は極端に安くなる。また、底地の契約は数10年単位でおこなうため、物価や土地価格が上昇しても賃料が据え置かれたままになることがある。

 聞くと一樹の実家が所有する底地は、固定資産税を払ってとんとんだという。父はこれまで黙っていたが、地主をやめたいと思っているとこぼした。実家の土地が、そんな状態になっているとは想像もしていなかった。

「秋雄くんに言われてな。俺も尻に火がついた」

 父に目を向けられ、秋雄は軽く頭を下げる。

「今、底地専門の業者にあたっています。地元にとって悪くならないようにしてもらうつもりです」

撮影 橋本篤/文藝春秋

金銭問題、人間関係……いったいどうなってしまうのか?

 幼なじみの雄真の顔が頭をよぎる。彼らの家はどうなるのか。

「住人を追い出すとかは、やめてくださいよ」

 秋雄は当然だというようにうなずく。

「恨まれるのは嫌だからな」

 父が真面目な顔で言った。

 一樹は、父と秋雄の説明を聞く。金銭問題、人間関係。不安が雪のように積み重なる。

 話を最後まで聞いた。これは降って湧いた問題ではないのだ。ずっと見ぬ振りをしてきたことなのだと、一樹は気が付いた。

底地・借地に本気で向き合う
サンセイランディックのすべて

◆◆◆

 底地(そこち)という言葉をご存じだろうか。底地は貸宅地とも言う。耳慣れない言葉だが、借地という言葉なら聞いたことがある人が多いはずだ。

 土地を人に貸して、その上に建物などを建てて利用してもらう。その場合、借りている土地の上に建物を建てるなどして利用する権利を「借地権」といい、貸している土地のことを「底地」という。

 こうした権利の歴史は古く、諸説あるが明治時代の地租改正で地主が誕生したと言われている。明治政府は財政を安定させるために、土地所有者に対して高額な税を課した。それは庶民に払える金額ではなく、土地を借りて建物を建てることが増えた。地主は、借地権者にいつでも土地を返してくれと言えたため、この状態は問題になった。

 そこで各時代に、借地権者の権利を守る法律が制定されていった。その結果、土地は貸したら返ってこない状態になった。そして現在、貸している土地を自由に活用できない底地は、不動産の流動性が低下する一因になっている。底地は一種の社会課題になっているのだ。

20年、30年と長い借地の契約。相続で困るケースも……

 底地の問題はいくつかある。多くの場合、相続で問題になる。相続税は、土地の相続税評価額で決まるのだが、底地は市場での流通性が低く、買い手が限られてしまうため売っても安くなりやすい。そのため、市場価格よりも相続税評価額の方が高くなる。
 また、借地の契約は20年、30年と長い。土地価格が上がれば、固定資産税や都市計画税も上がる。場合によっては契約時の賃料より税金が高くなることもある。また、更新時に地代を見直し値段を上げようとして、住人とトラブルになるケースもある。

 地主というと、不労所得で儲かるというイメージがあるが必ずしもそうではない。地主を続けるのか悩んだり、相続で困ったりするケースもあるのだ。

 それならば手放せばよいかというと、そう簡単ではない。底地は権利関係が難しい。また、下手な業者に売ると、借地人を追い出すなどして住人から恨まれる。

人間関係を大切にし、不安を解消する底地専門の上場企業「サンセイランディック」

 地主の多くは、貸している土地の近くに住んでいる。自分の都合だけで売って、あとは知らないでは済まないことも多い。波風立てずに何とかしたいと思うのは人情だろう。

 こうした難しい底地を専門にあつかう業者もある。底地専門の上場企業であるサンセイランディックがそうだ。同社では、底地を買い取り、借地権者に買い取ってもらう事業をしている。地上げ屋とはまったく異なる、底地をあつかうビジネスだ。

サンセイランディックのマスコットキャラクター「底地くん」 撮影 橋本篤/文藝春秋

 借地権者は、これまで借りていた土地が自分のものになり、建物と土地の権利を持てる。その結果、自由に売り買いできるようになり、不動産の流動性が上がる。

 また、底地の中には接道義務を果たしておらず、現状の建物を壊したあと、新しく建物を建て替えることが法律上できない再建築不可物件が建っていることも多い。同社では地主から底地を買い、道路を通して再建築可能にする手助けもおこなう。サンセイランディックは、死んだ土地を蘇らせるビジネスをしている。

 同社にも悩みの種はある。底地を地主から買うと「よく知らない不動産屋に土地を売られた」と、借地権者から恐れられることがある。そうした借地権者には、何度でも足を運び説明、不安を取り除き、ニーズに合わせた提案をしていくそうだ。

 複雑にからんだ土地問題を解きほぐすには、人間関係や信頼関係を作ることが大切になる。ときには借地権者側からの依頼で仕事がはじまり、地主と話し合うこともあるという。同社が、双方の立場に立って最善策を探している例だろう。

 土地問題には、個別の事情があり、きめ細かな対応が必要になる。サンセイランディックの社内には、交渉記録の資料が残っており、それらには同じ事例があまりないという。

 同社への仕事の依頼は、地主と付き合いのある銀行や弁護士、税理士だけでなく、同業の不動産屋からも多いという。底地の問題解決には、豊富な知識と経験が必要になる。こうした専門領域を持つ会社が、日本の社会問題を、少しずつ解決していくのだろう。

底地・借地に本気で向き合う
サンセイランディックを見る

畑中家の「底地」問題は解決したのか……?

 父に相続の話をされて1年が経った。地元の駅に着き、実家への道を歩きはじめる。

 幸いなことに両親はまだ健在だ。二人の表情は最近穏やかになった。将来の不安が解消されたからだろう。

 一樹はこの1年を振り返る。底地を売ると決めたあと、いくつかの業者が買い取りを打診してきた。不動産屋の秋雄の話を聞き、借地権者と今後とも良好な関係を築いてくれる業者を選ぶことにした。最終的に底地専門の業者に土地を買い取ってもらい現金化した。その後、住人の多くが不動産業者からその土地を買い、将来の不安から解消されたと聞いている。

 道が細くなり、左右がブロック塀の見慣れた景色になった。昔、畑中の土地だった場所に来た。

「一樹」

 声をかけられて振り向いた。幼なじみの雄真が、路地から顔をのぞかせていた。

「雄真、なんだ?」

 一年前を思い出しながら声を返す。

「うまくまとめてくれたな。住人の一人として礼を言うよ」

 雄真の家も土地を買った。変なところに売られなくてよかったと言っていた。

「一樹、あとで飲みに行かないか?」

 雄真は笑顔で語りかけてくる。

「ああ、いいね」

 一樹も笑みを返した。

 一年前は、雄真の投げた言葉に、あいまいにしか答えられなかった。しかし今は違う。一樹は雄真と、気軽に言葉のキャッチボールができている。

 土地を売ったあとも人間関係は続く。父が言っていた「恨まれるのは嫌だ」という言葉の意味がよく分かった。

 

サンセイランディックの「Win-Win-Win」の考え方と企業理念

「人と人の未来を繋ぐ先駆者となる」を企業理念に掲げ、当社とかかわるすべての人の幸福度が上がり(Win-Win-Win)、その小さな積み重ねが社会の不均衡解消につながるよう、新たな100年企業を目指しています。