JR東日本の安全で安定した鉄道運行が日々の努力によって支えられていることは、あまり知られていない。特に列車の足元を支える「線路」の維持管理、「保線」の仕事は、安全の根幹をなす極めて重要な業務だ。ミリ単位の精度が求められる世界、天候や季節との闘い、そしてこの仕事に懸ける誇り……現場で奮闘するふたりの技術者を訪ねた。

ポイント(分岐器)の修繕方法を検討するために、線路の幅(軌間)、左右方向の傾き(水準)を測定している。 写真提供 JR東日本

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鉄道の“当たり前”を守るために……日夜戦い続ける人々がいる

 東京、新宿——。山手線は、まだ暗いうちから動き出す。いつもの一日のはじまりを教えてくれる、山手線の電車が走る姿。いつの間にか空が明るくなって、お客もどんどん増えていく。

 そんな当たり前の風景を見て、ひと安心して帰路につく人たちがいる。鉄道の線路の点検・補修を一手に担う、技術者たちだ。電車に乗ってうとうとひと眠り。それができるのも、技術者たちのおかげといっていい。

「毎日列車が走っていると、少しレールがゆがんできたり、レールにキズができてきたりすることがあるんです。それを放っておくと、最悪の場合は列車が脱線するなど大きな事故につながることも。ですから、線路の状況を日々点検し、その結果をもとにレールやまくらぎの交換、補修などを行なうのが私たちの仕事です」

 こう話してくれたのは、JR東日本新宿保線センターの津吉友裕副長だ。新宿保線センターでは、山手線の恵比寿駅付近から目白駅付近まで、また中央線の四ツ谷駅付近から西荻窪駅付近までの線路の保守を担当している。

津吉友裕さん 撮影 山元茂樹/文藝春秋

 25人ほどの社員に加え、工事などを行う施工会社が約20人。他にも作業員30人ほどを抱える協力会社も関わっている。彼らが、山手線や中央線の安全を守っている〝影のヒーロー〟というわけだ。

 津吉さんら保線センターの職員たちは、具体的にどのようにして線路を守っているのだろうか。同センターの名波浩志さんが教えてくれた。

名波浩志さん 撮影 山元茂樹/文藝春秋

「East-iという検測車や営業中の車両に取り付けてあるモニタリング装置でデータをとって、線路の上下方向や左右方向のゆがみなどを測定しています。また、定期的に列車に乗って乗務員室から線路の様子を見たり、歩いて点検することもあるんです。人の目というのは意外と侮れなくて、局所的な線路の歪みやレールとまくらぎを固定する装置がちょっと緩んでいるとか、そういうのを見つけることができます」

 また、運転士から普段とは違う揺れを感じるという報告を受けることもある。毎日運転している運転士たちの些細な違和感も、意外と侮れないのだとか。

「こうした点検をもとに、補修作業を進めていきます。作業の内容にもよりますが、ほぼ毎日何カ所かで工事をしています」(名波さん)

 作業内容は多岐にわたる。300mほどのレールを一晩で交換することもあれば、レールとまくらぎの間に入っているパッキンを数ミリ単位で調整して歪みを直す繊細な作業もある。

 もちろん昼間は電車が走っているので、作業ができるのは夜間に限られる。それも、終電から始発までの短い時間で。東京の電車は始発が早く、終電が遅い。だから、安全に作業ができる時間帯はせいぜい3時間ほどだという。

「ですから、もうこの仕事は段取りが大事なんです。施工会社と何度も検討を繰り返し、作業内容や作業工程、必要な作業員の人数まですべてを事前に打ち合わせておく。規模の大きな作業になればなるほど、一晩ですべてを完了させるのは難しいので、どこまで準備をしておくのかも重要です」(名波さん)

 つまり、津吉さんや名波さんの仕事はこういうことだ。日中は点検や施工会社との工事に関する打ち合わせや準備・段取り。夜には徒歩での巡回点検や、工事中に何かあった場合に備えての泊まり勤務。もちろん毎日泊まり勤務があるわけではないが、鉄道はほとんど24時間、365日休まずに動き続けている。盆暮れ正月も関係なく、いつ何が起こるか分からない。それに備えるのも、技術者の重要な仕事なのだ。

夏の暑さでは膨張し、冬の寒さでは収縮する鉄道レール

「大雨や地震で基準の数値を超えて列車の運転を見合わせた場合には運転再開前に巡回点検をしないといけないですし、駅間で人身事故があった場合に我々が対応に出て行くこともあります。あとは、季節によってレールにも変化があるんですよ」(津吉さん)

撮影 山元茂樹/文藝春秋

 レールは鉄でできている。だから夏の暑さでは膨張し、冬の寒さでは収縮する。列車の走行によりレールに小さなキズができていると、それが冬に収縮した際に破断に繋がることがあるのだ。

 また、雨が降ってレールの下の路盤が少し緩み、ゆがみの進みが早くなる、なんてことも。何年経ったらレールを交換、など計画通りに作業を進められるわけではないようだ。

「なので、1年間の計画を立てたうえで、あとは点検の結果を踏まえて優先順位をつけて、施工会社と打合せを行い月単位でより詳細な工事のスケジュールを組んでいきます。その上で、我々保線だけでなく電気や土木関係の工事もあるので、そことの調整もしていく。それでようやく工事ができるんです」(津吉さん)

 津吉さんと名波さんによれば、「工事をしたい場所はいくらでもある」という。大きな事故につながるリスクが高いわけではない。ただ、都心の鉄道は走る列車の本数も両数も乗せているお客の人数も桁違い。線路にかかる負荷は相当に大きいのだ。

「専門用語で〝通トン〟(1年間に線路を通る列車の累積重量=通過するトン数)というのですが、線路にかかる負荷はこの通トンで表します。中央線なんて、日本でトップクラスに通トンが大きいかもしれません。だから、そういった線区は状態が悪くなるのも早い。モニタリングデータからある程度予測はできて、半年後くらいまでには工事しておきたい、できるだけ早くやっておこう、とかを判断して工事の計画を組んでいます」(名波さん)

 真夜中、わずか3時間足らずのうちに終えなければならない作業。当然作業員への負担も小さくない。

「夜中の仕事ですし、なかなか若い人が入ってこなくて、ベテランの方に頼っている側面はあります。一方でベテランですと、体力面で続けられず、ということもあるので……。多くの同業他社さんも作業員の確保には頭を悩ませているのではないでしょうか」(津吉さん)

熟練の溶接技術者によりレールとレールを溶接して1本のレールにつなげている。 写真提供 JR東日本

 津吉さんは「そのような中でも安全に電車を走らせるために必要な作業ができるように、人員を確保していきたい」と打ち明ける。

「もちろん私たちの仕事も不規則ですから、厳しいところは正直あります。でも、列車を安全に走らせるためには、やらないといけないことですから」(津吉さん)

「絶対に安定輸送を」作業員たちが一層奮闘するとき

 休むことなく走り続ける鉄道だが、実は季節ごとの大型連休は特に気を張る時期で、連休前には入念に点検を行っているという。5月の大型連休、夏のお盆、年末年始。こうした時期には、行楽や帰省で利用する多くのお客に安心して、そして快適に列車に乗って貰うため、そして日夜働く作業員たちにも休んで貰うため。

「あとは、入学試験シーズンもそうですね。絶対に安定輸送を保ちたい。それに、少しでも揺れないように。何も気にすることなく、集中して試験に向かってもらいたいですから。安全・安定はもちろんですが、その上で保線作業によって少しでも乗り心地をよく。プライドみたいなものですね(笑)」(名波さん)

 そんな彼らが思う、「保線の仕事の良いところ」とは。

「なんか、良くも悪くも目立ちますし、人の役に立っているなと思いますよね。山手線が止まるとニュースになる、なんてよく言われますけど、逆に言えばそれくらいの仕事をしている、と」(名波さん)

「今日、何も異常なことがなかったなっていう……その実感っていうんですかね。何もないことがいちばんであって、そのためにいろんな手配をするし、準備をする。それで、ああやっと揺れが収まったなあと思うと嬉しいですしね」(津吉さん)

 決して表に出ることはないけれど、彼らがいなければ人々の日常は守れない、誇り高き技術者。暗いうちに走り出す山手線の始発電車は、彼らが影から支えてくれている日常のはじまりなのだ。

 そして、そんな日常がいつまでも続くように——。それを願うばかりである。

撮影 山元茂樹/文藝春秋

撮影 山本茂樹/文藝春秋

取材協力 JR東日本