「いい音しか残れない」。1980年代、このキャッチフレーズで一世を風靡したマクセル。多くの人にとってカセットテープのイメージが強いマクセルは今、小型電池の領域で世界の最先端を走るフロントランナーへと大きな進化を遂げています。

電池から始まり、カセットテープなど記録メディア全盛期を経て、再び電池へ。事業ポートフォリオの変革を成し遂げた代表取締役 取締役社長・中村啓次氏にお話を伺いました。

聞き手●村井 弦(文藝春秋PLUS編集長)

記録メディア全盛時代を経て、小型電池のフロントランナーへ

――本日お招きいただいた「マクセル テクノロジーギャラリー」は、とても素敵ですね。

中村 はい。こちらは2024年にリニューアルした場所でして、マクセルが1961年に乾電池で創業してからの技術的な歩みや製品群の変遷を展示しています。そして、過去と現在、さらに将来に向けた当社の技術の流れをご覧いただける場所になっています。

撮影 石川啓次

――年代ごとに懐かしい製品が展示されていて、非常に面白かったです。

中村 ありがとうございます。特に創業当初の設備は非常にアナログ的でして、今の電子機器を多用した機械に比べると味のある設備が多いかもしれません。

中村啓次|マクセル株式会社 代表取締役 取締役社長
京都府出身。 1990年日立マクセル入社。 耐熱コイン形リチウム電池をはじめ電池の開発に長年携わる。 2014年同社執行役員、18年マクセル代表取締役 取締役社長、20年6月より現職。 撮影 石川啓次

――多くの人にとってマクセルと言えばカセットテープのイメージが強いと思いますが現在では事業領域を大きく変え、小型電池領域のフロントランナーをめざしていると伺いました。主な事業内容について教えていただけますか。

中村 マクセルは大きく3つの事業セグメントを構えています。1つ目は、電池を中心とした「エナジー」事業です。2つ目は、カセットテープなどで培った技術を継承し、粘着テープなどを扱う「機能性部材料」事業。そして3つ目が、CDやDVDといった記録メディアの技術から派生したレンズ事業などを含む「光学・システム」事業です。

――カセットテープ事業は今どのような状況ですか。

中村 店頭ではまだマクセルブランドのカセットテープや記録メディア、電池などをご覧になる機会があるかと思います。しかしコンシューマー事業は収支的に厳しく、現在は他社様にお願いしております。当社としては、そこで培った技術をBtoB向けの事業を中心に展開していく方針で進めています。

村田製作所からなぜ事業を譲り受けたのか?

――今年3月、村田製作所からのマイクロ一次電池事業を譲り受け、マクセルサクラを設立しました。この意味とマクセルにとっての位置づけを教えてください。

中村 3つの事業セグメントの中で特に電池事業はエネルギー産業として、電子機器の小型化や通信環境の発展に伴い、新たな需要が生まれています。そうした領域で当社の強みを発揮していきたいと考えています。

 今回の事業譲り受けは、まず売上や利益が単純に足し算になるという側面があります。それに加え、同じ型番やサイズの電池であっても、それを支える技術やノウハウは電池メーカーごとに異なります。当社と村田製作所様がそれぞれ蓄積してきた技術を融合させることで、新しい製品や技術開発が進んでいくことを期待しています。

――今回譲り受けされたのは「一次電池」で、一方マクセルが世界でリードしているのは「二次電池」である全固体電池だと伺いました。まず一次電池と二次電池の違いを教えていただけないでしょうか。

中村 一次電池は、基本的に充電ができず、使い切りの電池です。二次電池は、スマートフォンや電気自動車のように、充電して何回も繰り返し使える電池を指します。

――その二次電池の中で、マクセルは「全固体電池」で世界トップクラスの技術を誇っています。この「全固体電池」とは、どのようなものなのでしょうか。

撮影 石川啓次

中村 一般的な電池は、プラスとマイナスの材料と、それらをつなぐための液体が中に封入されています。乾電池などで液漏れという現象をご覧になったことがあるかと思いますが、あれは内部の液体が出てきているわけです。それに対して全固体電池は、文字通りすべてが固体で、液体を一切使わない、かなり特殊な電池です。

――固体であることのメリットは何でしょうか。

中村 液体は冷やすと凍り、熱すると沸騰するため、使える温度範囲が限られます。しかし、液体を使わない全固体電池は、より広い温度範囲で使用できるのが大きなメリットです。もう一つのメリットは、劣化が少ないことです。スマートフォンのバッテリーがだんだん劣化していくように、液体系の二次電池は充放電を繰り返すと性能が落ちていきますが、全固体電池はその性能の落ちが非常に小さく、長寿命です。

「あったらいいよね」から「なくてはならない」製品へ

――その全固体電池を支えているのはマクセルならではの技術ですね。

中村 はい、デジタルは0と1で表現され、精密なコントロールが可能な一方で、簡単にコピーされてしまう側面があります。それに対し、当社は簡単にモノマネされない、コピーされない技術「アナログコア技術」を大切にしています。

 具体的には、粉体をうまく混ぜ合わせたり、それをペースト状にしてうまく塗ったりという創業以来培ってきた技術です。粉体は粒の大きさや分布などさまざまな特性を持っており、それらを見極めて理想の状態にコントロールすることが、当社にとって非常に大事な差別化ポイントでありブラックボックス化できるノウハウとなっています。

撮影 石川啓次

――近年はスマートフォンなど二次電池を使う機会が多いように感じますが、「使い捨て」と聞くとエコではない印象もあります。なぜ今、一次電池に力を入れているのでしょうか。

中村 まず一次電池も技術開発が進み、1個あたりの持続エネルギー量や寿命が長くなったことで、廃棄の機会は減り、環境負荷も低減されています。それに加え、二次電池と違って充電できない環境で活躍できる用途が広がっているのです。

 例えば自動車のタイヤの空気圧を測定し、その情報を電波で飛ばすセンサーです。アメリカやヨーロッパなどでは法律で装着が義務化されており、タイヤの中なので充電はできません。こうした一次電池でしか対応できない用途が社会インフラを含めて広がっているので当社は注力しています。

――充電できない場所でのニーズは確かに大きいですね。

中村 はい。また、医療機器の分野でもニーズが高まっています。使い切りと聞くと直感的にはもったいないと感じるかもしれません。しかし、感染症拡大防止などの理由から使い切りが必須の機器も増えています。例えば24時間365日血糖値をモニタリングする機器などです。こうした分野でも一次電池が使われています。

マクセルの祖業はカセットテープではなく乾電池

――カセットテープのイメージが強いですが、もともとマクセルは電池から始まった会社なのですね。

中村 そうなんです。恥ずかしながら私も入社するまで知らなかったのですが、マクセルは乾電池で創業しました。社名の由来も「Maximum Capacity Dry Cell」、つまり「最大容量の乾電池」から来ています。創業した1961年当時は高度経済成長の入り口で、懐中電灯や電気カミソリ、携帯ラジオなどさまざまな機器が電池で動くようになりました。当社は乾電池で社会に貢献しようということでスタートしたのです。日本で初めてアルカリ乾電池を商品化したのもマクセルです。

撮影 石川啓次

――カセットテープのマクセルから小型電池のマクセルへ、事業ポートフォリオが大きく変わりました。何を残し、何をやめるかという選択の基準はどこにあったのでしょうか。

中村「あったらいいよね」という領域だけでは、事業として厳しくなってきています。「これでないとダメなんだ」という、「なくてはならない」製品に中身を入れ替えていく必要がありました。具体的には、自動車向けや医療、社会インフラ、通信・半導体などの安全性や信頼性が高く求められる領域です。そうした今後成長が期待されるセグメントで、当社の製品の性能をしっかり発揮していくことが大事だと考えています。

全固体電池をドライバーに、未来の社会を支える

――今後の経営方針についてお聞かせください。

中村 大きな成長の狙いとしては自動車、モビリティ、人/社会インフラ、半導体などICT/AI関連の領域です。これらの領域では技術革新が進んでおり、当社の得意とする電池や機能性部材料、光学・システムが新しい価値を提供しやすい環境にあります。技術を磨き、お客様から見て「マクセルがなくてはならない」と思われるような製品、技術、会社をめざしていきます。

 2014年に再上場し、規模を拡大するなかで、うまくシナジーが発揮できず、2019年にはわずかですが赤字となりました。その後、2020年6月からは、株主企業から社外取締役を招聘し、経営アドバイス、サポートを受けて、数々の構造改革や株式市場を意識した経営を行いました。

 そして現在ようやく次の大きな成長ドライバーとして全固体電池が事業化のフェーズに入りました。ここから売上、利益ともに大きく改善を図り、資本効率を確保しながら、株主の皆様への還元もしっかりと行っていきます。現在の中期経営計画では総還元性向100%を宣言しており、投資家の皆様にリターンをお届けできるよう努めてまいります。

――最後にマクセルの電池は日本、そして世界をどのように変えていくポテンシャルがあるとお考えですか。

中村 電池はエネルギー産業として、これからの社会のベースを大きく変えていけるポテンシャルが非常に高いと考えています。特に成長が期待される全固体電池は、使用できる温度範囲が広く、寿命も非常に長い。これまで「使用できる電池がない」という理由で断念されていたような、社会インフラの先進的な用途がたくさんあります。そうした課題を当社の全固体電池で一つずつ解決していく取り組みが始まっています。

 電子機器の高性能化・小型化、通信インフラの発展が進むなかで、極低温や極高温といった過酷な環境や、10年という長期にわたって使える価値の高い電池の需要はますます増えていくでしょう。ぜひマクセルのこれからの成長にご期待ください。