企業が刻んできた歴史は、これからの未来を導く轍となる。企業の成長の裏にあるドキュメンタリーをお届けするシリーズ「未完の轍」。第4回目は、日本を代表する陶磁器の産地「長崎県波佐見町」の姿を世界に発信する父と息子のストーリーをお届けします。
「幼稚園のアルバムに書いた将来の夢は、『西海陶器社長』(笑)。小学生の時には波佐見町の陶器まつりでブースに立って、『はい、今からタイムセール!』なんて勝手にじゃんじゃん売っていました。それほど家業は私にとって、ごく当たり前に自分が継ぐものでした」
そう屈託のない笑顔を見せる児玉賢太郎は、長崎県波佐見町で80年続く西海陶器株式会社の三代目だ。波佐見は四百年もの歴史を持つ窯業の町。賢太郎は、祖父が興し、父・盛介が発展させた焼き物の総合商社を2016年に引き継ぎ、会長となった父と共に波佐見焼と波佐見町の発展に尽力している。
波佐見焼の大きな特色は分業制にある。型屋、生地屋、窯元、商社に分かれて役割を担い、質の良い日用食器を大量生産する。同じく磁器の名産地である隣町の佐賀県有田町と密接な関係にあり、波佐見の磁器も「有田焼」として広く全国に流通してきた。
しかし2000年代に入ると、波佐見の窯業を大打撃が襲う。牛肉の産地偽装問題をきっかけとする生産地表記厳密化の波が押し寄せ、波佐見で生産された器は「有田焼」として流通させることが難しくなったのだ。
「町そのものを揺るがすような激震でしたが、当時商業組合の理事長をしていた父は苦悩の末、今後西海陶器は『有田焼』ではなく『波佐見焼』として売っていく、と宣言。同調してくれた仲間たちと共に各地で『波佐見焼フェア』を開催するなど、波佐見焼のブランディングに乗り出しました」
また、観光客を呼び込んで町を活性化させようと、古い製陶所があったエリア「西の原」を買い取って再開発。カフェやレストラン、雑貨屋などが揃う観光スポットを作り上げた。「“右向け、やっぱり左!”の人と称されるほど、次々アイデアが浮かぶんです」と息子は笑う。
一方でその賢太郎は海外への事業展開を図り、新たな自社ブランドの開発に取り組む。波佐見焼といえば白磁に藍の染め付けが定番だったが、あえて装飾性を省いたアースカラーのシンプルな食器を「HASAMI PORCELAIN」としてシリーズ化。これが海外で“クールだ”と評判を呼び、アップル社からロゴ入りオリジナルマグカップが発注されるほどの大ヒット商品となる。今や西海陶器はアメリカや中国、ヨーロッパに拠点を持ち、売上の四割を海外販売が占めるという拡大ぶりだ。
「リヤカーで行商し、種を蒔いてくれた祖父、それを大きく育ててくれた父。そして共に守ってきてくれた社員たち。すべての人への恩返しとして、西海陶器を百年後、二百年後まで残し、波佐見町を未来へ発信する母体としていくことが、私の使命だと思っています」
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text:Yuko Harigae(Giraffe)
photo:Takashi Shimizu
