偉大な創業者からバトンを受け継ぎ、会社の看板だった事業の先に新しい価値を生み出す。この難題に取り組んだふたりの経営者がいます。元ソニー社長兼CEOで一般社団法人プロジェクト希望代表理事の平井一夫氏とライフネット生命代表取締役社長の横澤淳平氏です。
これは組織で働くすべての人にいつか訪れる「第2の創業」の物語です。ふたりはどのように周囲を巻き込み、それぞれの企業を前進させたのでしょうか。
横澤氏の熱い希望から実現した対談が今始まります。(全2回の前編/続きを読む)
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なぜ平井氏に話を聞きたかったのか
横澤淳平(以下、横澤) 私が取締役に就任した2021年、経営の指針となる方を参考にしたいと思い、書店に立ち寄りました。そこで平井さんの著書『ソニー再生』が平積みされていて、手に取ったのがきっかけです。本を読んでみると、まさに自分が目指したいリーダーシップ像がそこにはありました。それから今まで、「平井さんだったらどうするだろう」と考えながら仕事をしてきましたので、ぜひ直接お会いしたかったのです。
平井一夫(以下、平井) いやー、プレッシャーですね(笑)。よろしくお願いします。
横澤 平井さんといえば“ソニー再生”ですが、再生フェーズにある企業のトップは課題が多く、プレッシャーやバッシングの中からスタートされたと想像します。特にソニーはハードウェアのイメージが強い中で、音楽やゲーム畑出身の平井さんがトップに就任された際には、反発も大きかったのではないでしょうか。そのプレッシャーをどのように克服し、原動力とされましたか。
平井 おっしゃる通り、バックグラウンドが音楽とゲームでしたので、ソニーが危機的状況にある中で私が社長になったことに対し、「なんでこの人なの?」というバッシングは社内外にかなりありました。そこで自分に言い聞かせたことが二つあります。
一つは、当時のCEOだったハワード・ストリンガーや指名委員会が、私の経歴や仕事ぶりを見て「こいつならソニー再生を託せる可能性がある」と判断してくれたはずだ、ということです。くじ引きで当たったわけではない。自分が思っている以上に、彼らは自分の未知数の可能性まで見越してくれたのだろうと信じ、その責任を果たさなければいけないと考えました。
もう一つは、そもそもオファーを受けて「やります」と手を挙げたのは自分だということです。手を挙げた以上、誰が何と言おうと、自分で責任を持ってやり遂げる。この二つが最初の大きなドライバーになりました。
横澤 著書の中では、ご自身が社長になるとは思っていなかったと書かれていましたね。
平井 全然思っていなかったです。可能性は少しあるかな、という程度でした。ただ、オファーを受けたときは、経験豊富な方々が「この人だ」と言ってくれたからには何か理由があるはずだと信じ、比較的早く「はい、分かりました」とお受けしたと思います。選んでくれた方々を信じる、ということですね。自分が分からない部分も含めて、彼らは自分の能力を見てくれているのだと。横澤さんは社長に指名されたときは、どのようなお気持ちでしたか。
横澤 私も平井さんと同じで、「選んでくれた人を信じよう」という思いでした。自分にできるだろうかと悩みましたが、選んでくれた方々が私に何かを感じて会社を託したいと思ってくれたのだから、自分が精一杯やればきっと結果はついてくると勇気をもらいました。自分が実現したい経営をプレゼンした上で社長を託されたので、「これを一番やりたい人間は自分しかいない。人に託すのはもったいない」と思い、挑戦することにしました。
カリスマではないリーダーの“強み”
横澤 平井さんはご著書でご自身を「カリスマでも専門家でもない」とおっしゃっています。それでも経営再建を任されたのは、どのような強みがあったからだとお考えですか。
平井 二つあると思います。一つは、リーダーにとって最も重要なのは「心の知能指数(EQ)」だという考え方です。プレイステーション事業の責任者をしていた頃からその考えに基づいたマネジメントを実践し、手応えを感じていました。
もう一つは、「部外者」の視点を持っていたことです。ソニーミュージックやゲームといった、ソニー本体とは違う場所からソニーを見てきた人間と、ずっとエレクトロニクス事業の中で育ってきた人間とでは、会社に対する見方が全く違います。
当時のソニーには、私のような部外者が「なぜソニーはこうなっているんですか?」「これっておかしくないですか?」と、当たり前を疑う視点が必要だったのだと思います。それが再生の一つの鍵になりました。考えてみれば、私の後任の吉田、そのまた後任の十時も、ソニー本体ではない場所でキャリアを積んできた人間が三代続いて社長を務めています。これは、多様な視点を持つ人間に経営を任せるという、ソニーの基本的な考え方が反映されているのではないでしょうか。
チームの力を引き出すコミュニケーション
横澤 社長になられたとき、相談できるメンターのような方はいらっしゃいましたか。
平井 社長になったタイミングでは、先輩に相談することはほとんどありませんでした。具体的に悩みを相談したのは、各子会社の社長や事業本部長、管理部門のトップといったマネジメントチームのメンバーです。それから、CEO室長を務めてくれた井藤君には、忖度なく意見を言ってもらいました。「平井さん、こういうのはやめたほうがいい」「周りはこう言っていますよ」と正直に言ってくれる彼の存在は、非常に良いアドバイスになりました。
マネジメントチームには最初から、「皆さんの本当の価値は、私の意見に『イエス』と言うことではなく、『違うんじゃないですか』『こういう見方もありますよ』と意見してくれることにある」と伝えていました。イエスマンは必要ない、と。だからこそ活発な議論が生まれ、一人で考えるよりも経営の質が格段に上がったと思います。
横澤 意見を言ってもらうための環境づくりで、他に意識されていたことはありますか。
平井 意見を言ってもらうだけでなく、その後のフォローが実は大事です。良い意見はどんどん採用し、成功したら「Aさんのアイデアで成功しました」と取締役会でも説明します。逆に、そのアイデアで失敗した場合は、それを選んだ自分の責任です。公の場では私が責任を取る。そうした姿勢を示さないと、誰も本音で意見を言ってはくれません。横澤さんはメンバーとのコミュニケーションで意識されていることはありますか。
横澤 私はライフネット生命のほぼ創業時に入社した古株で、年齢もまだ46歳と中堅に近いので、なるべく社員と距離の近いところで仕事をしたいと思っています。社長室はありますが、基本的には会議室として開放し、現場の皆の隣で仕事をすることで、意見を言ってもらいやすい環境づくりを心がけています。
偉大な創業者の存在と「第二の創業」
村井弦(以下、村井) お二人の会社には、世間に広く知られた創業者がいます。横澤さんにとって、創業者の存在はどのようなものでしたか。
横澤 ライフネット生命は創業18年で、私も創業者の出口(治明)や岩瀬(大輔)と一緒に働いた経験があります。彼らの経営への思いは「ライフネットの生命保険マニフェスト」に託されており、それが会社のDNAになっています。そのマニフェストを受け継ぎ、大切にしていくことが重要だと考えています。平井さんが社長に就任された2012年時点では、創業者の方と一緒に働くことはなかったのですよね。
平井 はい。創業は1946年ですから、かなり昔です。しかも私は株式会社CBS・ソニー(現 株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント)入社なので、創業者の盛田(昭夫)さんや井深(大)さんと直接お話しした経験もありません。パーティー会場で盛田さんを10メートル先からお見かけして「ライブ盛田だ」と思ったくらい、遠い存在でした。
だからこそ、創業の精神を今のマネジメントにどう伝えるかということに心を砕きました。
そして行き着いたのが、ソニーのパーパス(存在意義)を作ることでした。そこで出てきたのが「KANDO(感動)」というキーワードです。私たちの存在意義は「KANDOを提供すること」であり、それは創業者たちの思いにも通じるはずだという解釈のもと、社員に伝え続けました。そうやって、遠い存在である創業者の思いを自分たちなりに解釈し、伝えていくことが大事だと考えたのです。
経営者は「嫌な決断」から逃げない
横澤 平井さんはVAIOの売却など、痛みを伴う決断もされてきました。経営者は時にバッシングを恐れて決断を先延ばしにしがちですが、平井さんが逃げずに矢面に立ち続けられたのは、どういった信念があったからでしょうか。
平井 まず、社長を「やります」と引き受けた以上、苦しい判断も含めてコミットしているわけです。社長の信頼性は、実はそうした難しい判断をきちんと下す行動によって高まります。VAIOの売却は苦渋の選択でしたが、ソニーを再生するという大きな目標に向かうためには必要な一歩でした。
そしてもう一つ、難しい判断を先送りにしても、問題が小さくなることはほとんどなく、むしろより大きくなっていきます。影響を受ける社員の数が増えたり、財務的なインパクトが大きくなったりする。だからこそ、影響を最小限にするためにも、早めに決断しなければならない。どこかで判断しなければいけないのなら、早いほうがいい。そう自分に言い聞かせていました。
意見が割れたとき、どう決断し、納得を得るか
横澤 現場から様々な意見を集めても、全てに賛成することは難しいと思います。ご自身の意見を押し切って決断し、それでも現場のメンバーについてきてもらうために、どのような工夫をされていましたか。
平井 大事なのは、日々の対話の中で生まれる信頼関係です。普段から、私のアイデアより良いものがあれば、それが他の人のものであってもどんどん採用する。そうしたフェアな判断を積み重ねていくと、「平井は良いものを良いと判断する人間だ」という共通認識がマネジメントチームの中に生まれます。
その信頼関係があれば、私が他の意見を退けて自分の考えを通したとしても、「今回は平井さんが本当にそれがベストだと思っているからやっているんだ」と皆が納得してくれるのです。横澤さんは決断する際に、ご自身の中で決めているルールはありますか。
横澤 10年ほど前にKDDI株式会社に出向していた際、稲盛和夫さんのフィロソフィーに触れました。その中にある「動機善なりや、私心なかりしか」という一文を、常に自分に問いかけるようにしています。この決断は独善的ではないか、お天道様に顔向けできることか、と。私はカリスマでも専門家でもありませんし、自分の意見はごく一部の情報から作られたものに過ぎないという意識があるので、常に他者の意見を求め、その上で自分なりに正しい選択をしようと心がけています。
平井 リーダーがそういう姿勢で判断していることがメンバーに伝わっていれば、今回自分の意見が通らなくても納得できる。そういう環境を作ることがリーダーの仕事ですよね。人の上に立つ人間は、IQよりもEQが大事なのだと理解することが、まず第一歩だと思います。