理不尽なクレーム、長時間にわたる拘束、暴言や威圧的な言動――昨今大きな社会問題となっている、顧客や取引先から従業員への「カスタマーハラスメント(カスハラ)」。2026年10月には改正労働施策総合推進法が施行され、企業によるカスハラ対策もいよいよ義務化される。

これまで現場の担当者の忍耐力や対応力に委ねられがちだったカスハラ問題が、雇用側の責任へと転換しつつある今、企業は働く人をどう守ればよいのか。ココロバランス研究所・代表理事の島田恭子さん、労働問題に詳しい弁護士の佐々木亮さん、そしてカスハラ対策の新サービス「Safe Assist」を提供するセコムの氏家美帆さんが、カスハラ対策の現状と課題、そして企業に求められる具体的な対応策を語り合った。

カスハラを受けた94.2%の人に“長期的な悪影響”が……

――カスハラという言葉を耳にする機会が増えていますが、この問題はいつごろから特に注目されるようになったのでしょうか。

島田恭子さん(以下、島田) 「カスハラ」は、もともとは「悪質クレーム」と呼ばれていました。言葉が世に知れ渡る大きなきっかけとなったのは、2022年に厚生労働省が「カスタマーハラスメント企業対策マニュアル」を出したことだと思います。

 もう一つ大きいのはデータです。カスハラによる労災が認められるようになって、蓋を開けてみたら、セクハラと同等の労災認定件数があった※。労災認定が下りるのはよっぽどのケースなので、その氷山の一角の下には、もっと多くの苦しんでいる方々がいらっしゃるわけです。そういう意味で、カスハラはセクハラやパワハラに匹敵するような、企業の中でも大きな問題だということになってきました。
※令和7年度 厚生労働省「過労死等の労災補償状況」調べ

島田恭子(予防医学者・保健学博士)
東京大学大学院医学系研究科にて、公衆衛生学修士・保健学博士号を取得。医学・心理学の知見を、対人関係・コミュニケーション向上、カスハラ対策、メンタルケアに役立てる活動を行う。一般社団法人ココロバランス研究所・代表

――カスハラを受けた従業員には、どのような影響が出るのでしょうか。

島田 サービス業の労働組合による3万3000件のデータを見ると、カスハラを受けた人の94.2%に、何らかの長期的な悪影響が出たということが分かっています。ほぼ全員ということですね。影響は心理的なものだけではなく、夜眠れなくなるとか食事が取れなくなるといった身体的なストレス反応や、お酒の量が増えてしまうなど行動的なストレス反応もあります。しかも個人の問題にとどまらず、それを見聞きした同僚や、従業員の家族にまで悪影響が波及することも分かってきています。

10月からは改正法が施行。企業が取るべき対策は?

――2026年10月1日から改正労働施策総合推進法が施行され、企業のカスハラ対策が義務化されます。法律の定義では、カスハラとはどのような行為が当てはまるのでしょうか。

佐々木亮さん(以下、佐々木) まず場所が「職場」であることですね。職場とは会社の中だけではなく、取引先なども含めて、仕事として働いている場を指します。そして、その職場において「お客さんや取引先の従業員・社長などから受ける言動」であること。暴力的な行為が混ざっていたり、言い方は穏やかでも性的な発言をしたりするようなケースも含まれます。そして、そういった「本来許される範囲を超えた言動によって、労働者の就業環境が害されること」、この3点を満たすとカスハラとなります。

――カスハラというと、店舗でのお客さんと店員のやりとりをイメージしやすいですが、それだけではないのでしょうか。

佐々木 今回の法律では、BtoCのような顧客と労働者の関係だけでなく、企業同士のBtoBの取引においてもカスハラに含めています。なので、世間的な言葉の意味よりも法律の適用範囲のほうが広い、というちょっと珍しい形ですね。非対等な関係を背景にして不当なことを言ってくる場合でも、この法律で保護されるということになります。

佐々木亮(旬報法律事務所所属 弁護士)
東京都立大学法学部法律学科卒。司法修習第56期。2003年、弁護士登録。労働事件において労働者側に特化し弁護を務める。現在、日本労働弁護団幹事長、ブラック企業被害対策弁護団顧問。著書に『職場のトラブル即解決!あなたを守る労働法』がある

――企業には具体的にどのような対応が求められるのでしょうか。

佐々木 まず企業は、カスハラに対して毅然と対応するという方針を明確化しなければなりません。そしてその方針を従業員および顧客・取引先に周知・啓発していく必要があります。すでにスーパーなどで見かけられる「迷惑な行為には毅然と対応します」という張り紙などが一例ですね。加えて、被害を受けた労働者が適切に情報を得られるよう相談窓口を設置し、適切な対応をすることも義務付けられます。

――カスハラ対策を進めるうえで特に難しい点はどこにあるのでしょうか。

島田 カスハラで一番難しい問題は“線引き”なんですよね。人によって感覚が違うので、これくらいは大丈夫だろう、いやそれは傷つく、というところが非常に曖昧になります。特に密室で行われる介護や医療の現場など、1対1の場では「言った、言わない」の水かけ論になりやすい。だからこそ、国際標準のきちんとした尺度で、対応者がどれだけストレスを感じているかを可視化することが大事です。また組織として「ここからはアウト」という基準をきちんと定めることが、現場任せにしないためにも重要になります。

――証拠を残すという観点からは、具体的にどのような対策が考えられるでしょうか。

佐々木 一つはマニュアルを作って、労働者がどのように行動すればよいかという基準を示すことです。何分以上クレームを受け続けたら電話を切っていい、といったようなルールがあると、労働者は安心して行動できますよね。もう一つは、客観的な証拠として録音を残すことです。後から聞き返して、それがカスハラに当たるのか、当たるとしてどの程度のひどさなのかが分かりますから、対策として非常に重要だと思います。

スマホでできるカスハラ対策「Safe Assist」とは

――ここからは、カスハラ対策を支援するセコムの新サービス「Safe Assist」についてお伺いします。セコムの氏家さん、これはどのようなサービスなのでしょうか。

氏家美帆さん(以下、氏家) 「Safe Assist」は、企業のカスハラ対策を支援する法人向けのサービスです。カスハラ対策には重要なことが3つあると考えています。まずとにかく記録すること、次にすぐに上司に相談すること、そして組織として対応すること。この3点を支援するサービスになります。従業員の方が使用しているスマートフォンにアプリをインストールしていただくことで利用できます。

氏家美帆(セコム株式会社 企画部 主任)
家庭向けセキュリティサービスの営業・営業推進を経て、2021年よりアプリサービス企画に従事。「いつでもみまもり」アプリ、「YORiSOS」などスマートフォンやウェアラブルデバイスを活用した安全・安心を提供する、アプリサービスの企画・運営を担当

――具体的な使い方を教えていただけますか。

氏家 アプリから簡単に録音操作ができます。録音している中で相手が激昂してきたり、自分では対応しきれないと感じたときには、ワンタップで上司にヘルプ通知を送ることができます。通知を受け取った上司は、いつどこで誰がヘルプを送ったかをスマートフォンで確認できます。さらに上司は離れた場所にいても、現場の音声をほぼリアルタイムで聴くことができますので、「契約はいいから戻っておいで」「私がお客様と話します」といった支援の手を差し伸べやすくなります。

担当者のスマホ画面。録音画面をタップするだけで、上司にヘルプ通知を送信できる
上司のスマホ画面。いつ、誰が、どこでヘルプを送ったのかが一目瞭然だ

 また、ヘルプ通知に対してどの上司が対応するかは、従業員側にも名前で表示されます。「○○部長が受け取ってくれた」と分かるだけで、1人じゃないという安心感につながります。本社やカスハラ対策室ではパソコンから一元管理もできるので、カスハラ対応における本人へのヒアリングを最小限にすることができます。

本社のPC画面では、ヘルプ通知や録音を一元管理できる

 なお、セコムの24時間365日の運用基盤とつながるオプションもご用意しています。身の危険が生じた場合には、セコムに警察通報支援を要請することが可能です。

――スマートフォン以外のデバイスでも利用できるのでしょうか。

氏家 はい。Apple Watchとの連携にも対応しています。スマートフォンより口元に近い位置で使用できるため、よりクリアな音声を記録できます。ヘルプ通知などの機能も手元でより操作しやすくなり、状況に応じて使い分けていただけます。

「カスハラをゼロにすることはできません。だからこそ……」

――島田さん、このサービスについてどのように評価されますか。

島田 もう「待っていました」という感じのサービスですね。密室で働いている方にとって、企業が守ってくれているというのは、本当に安心感があります。

 それともう一つ大きいと思ったのが、カスハラ被害者が録音を一緒に聴きながら報告しなくて済む可能性があるという点です。カスハラの被害を繰り返し思い出すことで精神的に追い詰められてしまう二次被害の問題がありますが、上司がある程度状況を把握したうえでご本人に何度も思い出させることなく対処できる可能性があるのは、とても大きなポイントだと感じました。

――佐々木さんはいかがでしょうか。

佐々木 録音自体は個人でもできますが、会社としてやっていいよという位置づけになっているのがこのサービスの良さだと思います。さらに上司に同時に通知できて、しかも上司が対応中だというフィードバックも伝わる。クレームを受けているときに精神的に1人だけで追い詰められるということが少なくなるのではないかと思いました。客観的な証拠を残すという意味と、精神的な安心を与えるという意味において、優れた仕組みだと思います。
 
――企業がこのサービスを導入することは、法律や労務管理の観点からどのように評価できるでしょうか。

佐々木 企業はカスハラに対して適切に対応できる体制を整えなければならないとされていますので、このサービスを導入することでその一つを達成したということになるでしょう。さらに企業には労働者の安全に配慮する義務がありますから、その安全配慮義務を果たすことになるとも言えると思います。

――最後に、企業がサービスの導入と合わせて整えるべき体制について、お考えをお聞かせください。

島田 カスハラをゼロにすることはできません。だからこそ、組織の資源と個人の資源、その両方を高めていくことが大事です。組織の実情をきちんと把握したうえで取りうる手を打ちながら、従業員一人ひとりのスキルも上げていく。カスハラにつながりやすい言動をしてしまうことがカスハラを生む一因にもなりますので、個人のスキルを磨きつつ、組織としてこのようなサービスを活用しながら、打ち手を増やしていくことがとても大事だと思います。

佐々木 労働者がカスハラを受けたときにどう対応すればよいかをマニュアル化しておくことが有益だと思います。どこで電話を切っていいか、どこで話を打ち切っていいかが分からないと、ずるずると引き込まれてしまいます。会社としてマニュアルを整備すること、そしてきちんと機能する相談窓口を設置することは、あらゆるハラスメント対策において重要ですが、カスハラについても同様に欠かせません。

氏家 この機会に、会社におけるカスハラ対策を検討してみてはいかがでしょうか。

「Safe Assist」の詳細はこちら

※このインタビューは、2026年7月29日に行われました。実際のインタビューの内容はこちらからご覧いただけます。