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賛否両論の『ボヘミアン・ラプソディ』5回見てわかった「ラスト21分」4つのウソ

映画は嘘をつくから素晴らしいのだ

2018/11/24
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"民主主義的な"ショット配分 4つ目の「ウソ」の意味

 映画が「観客との交流」と並んで重要視しているのが「家族の物語」である。全篇の集大成とも言うべきライヴ・エイドのシーンでこのテーマを打ち出すために、映画は4つ目の「嘘」をついている。それはまず「バンドは家族」であることを映像的に示すところから始められる。このシーンは、ウェンブリー・スタジアム全体を見下ろすカメラが、超満員の観客の上を舐めるように滑っていき、ステージ上でピアノを奏でるフレディの顔のクロースアップを捉えるまでをひと続きに収めた華麗なショットによって幕を開ける。

 フレディのクロースアップに続いて映し出されるのは、クイーンのメンバーであるジョン・ディーコン(ジョー・マッゼロ)、ロジャー・テイラー(ベン・ハーディ)、ブライアン・メイ(グウィリム・リー)をそれぞれ単独で捉えたショットである。このあと、再びフレディのショットに戻って、今度はブライアン、ロジャー、(間にもう1度フレディを挟んで)ジョンの順に再びメンバーのショットが続く。このきわめて「民主主義的」なショット配分は映画独自のものであり(記録映像のカメラはもっぱらフレディを追い続けている)、バンド=家族の対等な関係性を示唆している。

劇中の役者同士の掛け合いも好評。左からジョン・ディーコンを演じたジョセフ・マッゼロ、フレディー・マーキュリーを演じたラミ・マレック、ブライアン・メイを演じたグウィリム・リー ©Getty Images

 映画のカメラはバンドのメンバー以外にも向けられる。ライヴ・エイドのシーンには、ステージ脇からパフォーマンスを見守るフレディの元恋人メアリー・オースティン(ルーシー・ボイントン)と“友人”のジム・ハットン(アーロン・マカスカー)、マネージャーの“マイアミ”・ビーチ(トム・ホランダー)を捉えたショットが複数回にわたって挿入されている。彼らも広い意味でフレディの家族と言うべき存在であり、このシーンは彼/彼女たちをきちんと物語化して提示している。

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なぜクイーン演奏中に寄付が集まったように見せたのか?

 もちろん、映画はフレディと実の家族とのつながりを強調することも忘れない。このシーンには、自宅のテレビでライヴの様子を見ているフレディの家族のショットも挿入されている。とりわけ母親の存在は重要である。ライヴの直前にジム・ハットンとともに実家を訪れたフレディは、その帰り際に「ステージからママに投げキスを送る」と約束しており、映画ではじっさいにそれが果たされている。ライヴの最後の曲である「伝説のチャンピオン」を歌い終えたフレディは、観客席=カメラに向かって投げキスを飛ばす。すると、画面はそれを受けとめる母親のショットに切り返されるのである。母親はその場にはいないので、これは映像のうえでだけ成り立つ偽の切り返しである。このショット編集の妙によって、映画の観客にはフレディと母親の「交流」が成就したことが理解されることになる。

 また、ライヴ・エイドが目標としていた100万ポンドの寄付が集まったのがクイーンの「ハマー・トゥ・フォール」演奏中であったかのように描かれている点も、ひそかに家族のテーマと通じている。このチャリティ・コンサートが掲げる「アフリカ救済」という大義は、やはり直前のシーンでフレディと父親の会話を通して強調されていた。フレディは、父親が息子に望んでいた「善き思い、善き言葉、善き行い」を見事に実践することで、その期待に応えてみせたのである。(※)

『ボヘミアン・ラプソディ』は再現ではなく、映画的勝利

 ここまで見てきたように、ライヴ・エイドのシーンは、「完璧な再現」などではまったくない。このシーンには映画的な潤色がふんだんに施されており、劇中で展開されたテーマや伏線を回収する場として効果的に機能している。これによって、観客は物語世界への没入を強力に促され、満足感を得ることができる(同時にクイーンのコアなファンや批評家たちはこの物語に乗り切れなかったと考えられる)。だからこそ、このラスト・シーンは多くの観客に「完璧な再現」という虚構を信じ込ませることができたのである。これを見事な映画的“勝利”と言わずして何と言おうか。

 

脚注

(※)フレディが飼っている猫たちもまた家族の一員として登場している。映画は、自宅のテレビ画面を通してライヴ・エイドの様子を見守る猫たちの姿さえ映し出しているのである(劇中で随所に顔を覗かせるこの猫たちに魅了された観客は少なくないだろう)。

「交流」や「家族」というテーマに即してシーンの細部を検討してきたが、これら以外にも、映画にしか見られないショットがいくつか存在する。たとえば、「ボヘミアン・ラプソディ」のシングル・カットに強硬に反対した音楽会社の社長(マイク・マイヤーズ)のショットが差し挟まれている。社長の読みとは裏腹に、「ボヘミアン・ラプソディ」は大成功を収め、クイーンは世界的なロックバンドへと成長していった。しかし、鳴り響く電話のベルを無視して憮然とした表情を浮かべているかに見える社長は、実はひそかにそのような事態を喜んでいるのかもしれない(周知の通り、社長役のマイヤーズ自身はクイーンの大ファンである)。

賛否両論の『ボヘミアン・ラプソディ』5回見てわかった「ラスト21分」4つのウソ

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