閑静な住宅街の夜空を真っ赤に染めた猛火が奪ったのは著名な国際政治学者とその長女の命だった。愛妻家として妻を常にフォローし続け、双子の娘を溺愛した猪口孝氏が火災に遭ったのは今回が初めてではなかった――。

 東京都文京区小石川。東京ドームからほど近い、坂をのぼった先にある住宅地に6階建てのレトロなマンションがある。12月1日、マンション前では、1人の女性が呆然と立ち尽くしていた。プラスチックが焼けた様な臭いが鼻をつき、最上階の方を見上げると、レンガ調の外壁タイルは黒ずんでいる。風が吹く度に空から灰が降ってくる。

焼け焦げたバルコニー部分

「嘘でしょ……信じられない。きっと正気じゃいられないでしょ、邦子先生」

 女性はそう呟き、手を合わせるのだった。

 火災が発生したのは、11月27日夜7時過ぎ。火元は最上階の6階ワンフロアを占める4LDK。広さ150平方メートルの部屋は激しい炎に包まれ全焼。この部屋に住む東京大学名誉教授で猪口邦子参議院議員の夫・猪口孝氏(80)と長女(33)が亡くなった。

亡くなった夫の孝氏

 現場近くにいた人によれば、長女らしき人物がバルコニーに出て「助けて」と叫んでいたという。マンションの前の通りは道幅が狭くはしご車が入れない。ポンプ車など30台以上による消火活動もむなしく、鎮火したのは9時間後の午前4時だった。

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source : 週刊文春 2024年12月12日号