秀吉の死によって天下の帰趨を左右する“共謀と裏切りの諜報戦”の幕がついにあがった。

〈上様御かくれ成らせられ候ことは、(略)二十四日、ここもとたしかに聞へ申し候。去る二十日に大坂より早船到来申し候。我等事は、京引き入り候て、世上の様子見申すべく候〉(表記など読みやすくしました)

 これは慶長3(1598)年9月15日付の書状です。書いたのは黒田(じよ)(すい)。大河ドラマ『軍師官兵衛』の主人公で、この時期には、家督を息子の長政に譲り、剃髪して如水と号していました。受け取ったのは毛利一門の(きつ)(かわ)(ひろ)(いえ)です。一代にして中国地方に勢威を示した(もう)()(もと)(なり)の孫である広家は、自らも14万石の大名でありながら、毛利本家を支える重鎮でもありました。

慶長3年9月15日「黒田孝高自筆書状」(吉川史料館蔵)

 この手紙の「上様」とは、豊臣秀吉を指します。この年の8月18日、天下人秀吉は62歳でその生涯を閉じました。書状からは、その2日後の8月20日に大坂から早船、いわば緊急便を出して、黒田家の領地である豊前中津に届いたのが24日だったことが分かります。

豊臣秀吉(東京大学史料編纂所所蔵模本)

 如水は、秀吉没後の世の情勢を京都に行って見定めるつもりだ、と述べて、こう続けます。

〈我等事は、上様へのふそくもなく候、世上ぶのあしき殿にて候〉

 私たちは、秀吉へ不満はないが、世の中では殿の分(評判)が悪い、と、世間には秀吉に冷ややかな見方があることを示唆します。そして〈はやくは乱れ申すまじく候〉、すぐには世の中が乱れることはないでしょうと述べるのですが、どことなく不穏な空気も漂っています。

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source : 週刊文春 2025年9月11日号