齋藤孝さんの『子どもたちはなぜキレるのか』(ちくま新書)刊行が1999年、平成11年だった。最近の子どもたちは荒れるむかつくを越えてすぐ「キレる」ようになった、と主張する本である。あれから時代は移り変わり、いまや令和7年、2025年。キレるはもはや流行語ではなく一般的に使われる語彙となった。街中を歩いていても、若者がキレてるところをあまり見ない気がする。たまに地元に帰っても、あんなにうるさかった夜中のバイクの音が聞こえない。彼らはどこに行ったのだろう。イオンで子育てしてるんだろうか。だとすればどう考えても私より品行方正に生きてそうだ。

 そんな令和で、若者に流行している語彙がある。それは「ピキる」。苛立ったり怒ったりしている、の意味である。

 もとはネットでよく使用されていた(#^ω^)ピキピキ という顔文字に端を発した語彙。つまり血管が浮き出るほど、「ピキピキッ」と顔に青筋を立てるような怒りや苛立ちが湧いてくる。そんな感覚を若い世代は「ピキる」と呼ぶ。

 2010年代から使用されていたが、とくに注目され始めて使われるようになったのは2020年以降のこと(Googleトレンドによると圧倒的に2020年以降検索量が増加)。そう、怒りの表現において、平成は「キレる」時代だったとすれば、令和は「ピキる」時代なのかもしれない……!

「キレる」も元はと言えば怒りで血管がぶちんと切れる比喩から来ている。日本人の怒りといえば血管である。ちなみに漫画の怒りマーク💢は赤塚不二夫先生が1960年代にすでに使っていた(レレレのおじさんも怒っている時には顔に怒りマークだ)。日本人の怒り表象として血管を使用してきた歴史は長い。ありがとう血管。きみこそ我慢強い日本人の救世主。ちなみに最近の英語の流行語では怒りをtriggeredというらしい。血管ではないのだ。

 しかし「キレる」ではもはや切れていた血管も、「ピキる」ではピキッと青筋を立てるのみに留められている。そう、キレるとピキるの違いは、キレるは怒りを相手に伝えているのに対し、ピキるは怒りを相手に伝えるかどうかを判断する「前に」すでに怒りを瞬間的に覚えてしまっているところにある。つまり、ピキるは相手に怒りを伝えるかどうかに関係なく、まずは「自分が反応してしまっている」状態を指すのだ。

 キレるは、怒りを伝える相手がいることが前提にある。しかしピキるは、怒りを伝える相手がいてもいなくても関係ない。

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source : 週刊文春 2025年9月11日号