「週刊文春」で連載「野球の言葉学」を執筆しているジャーナリストの鷲田康さん(68)。今も取材現場に足を運ぶ元スポーツ紙記者の鷲田さんが直面したのが、医師からの「膵臓がん」に関する宣告でした。発覚したきっかけから医師からの説明で知った「0期治療」の考えまで体験をレポートします。後編はこちら

“宣告”は2024年6月のことだった

「あなたは5年以内にかなり高い確率で膵臓がんになります」

 私がこう“宣告”されたのは、今から1年半ほど前の2024年6月のことだった。

 東京・新宿にある東京女子医科大学病院の消化器内科診察室。その“宣告”に一瞬、動揺した私に、担当の菊山正隆先生は静かにこう語りかけてくれた。

「ただ、膵臓がんになっても0期で見つけて、転移する前に外科治療を行えば死ぬことはありません。そのためにこれから0期発見、0期治療を目指してしっかり定期的に検査を受けてください」

肝臓、腎臓とともに「沈黙の臓器」と呼ばれる膵臓 ©fotoco

 一般的に膵臓がんといえば数あるがんの中でも、宣告された時点で死を覚悟しなければならない恐ろしいものとして知られている。

 実際に国立がん研究センターの2021年のデータでも部位別の5年生存率は大腸がんが76.8%、胃がんが75.4%だが、膵臓がんは12.1%とほぼ9割は5年以内に亡くなっている。腫瘍がまだ膵臓内だけで転移していないステージ1でも5年生存率は約50%。「膵臓がんです」と診断された時点で、ほぼ5割以上の患者さんは5年以上生き延びることができないのが現実だ。

ステージ1であっても生存率は5割近くとなっている膵臓がん(グラフは2014-2015年5年生存率。国立がん研究センターより)

 しかも厄介なところは、ほとんどの人が病気の進行に気づかず、見つかった時にはかなり進行しているケースが多いということだ。

 しかし菊山先生ら東京女子医大のチームが進めるのは、そこから1歩踏み込んだ診察と治療である。膵臓がんを0期で発見して、膵臓の全摘出を含めた適切な処置ができれば、5年生存率は飛躍的に上昇することになる。

膵臓がんの0期発見とは

 それでは膵臓がんの0期発見とはどういうことなのか。菊山先生の説明を聞いてみよう。

「膵臓がんはまず膵管内部の上皮粘膜にできることが判っています。0期とはその膵管の表面にだけある状態で、これは超音波内視鏡検査やMRI検査では分からない。目に見えるがんになる手前の段階です。がんが目に見えるというのは、膵管から外に出て周囲組織に広がった状態のことです。そうなるとどんなに小さくても周囲に広がっていく進行性の浸潤がんになっている。必ず転移しますし、すでに転移している可能性も高いです」

菊山先生(東京女子医大HPより)

 ステージ1でも5年生存率が50%となる理由はそこにある。膵臓は体の背面部の胃の裏側にあることから、単純なエコー検査ではなかなか病変が見つかりにくいし、見つかった時にはすでに転移していて、手遅れとなるケースが多いのもそういう事情があるからだ。

「連載を落としたことなし」健康自慢のジャーナリストを襲った異変

 この菊山先生の診察を受けた時から、私の膵臓がんの0期発見への道はスタートしたのだが、まずは私がなぜこの0期発見にたどり着いたのか。その道筋も説明しておかなければならないだろう。

 私は1957年生まれの68歳。大学を卒業して選んだ仕事はスポーツ紙の野球記者だった。スポーツ紙時代には星野仙一監督の就任1年目の中日を担当。ロッテから移籍してきた落合博満内野手を、その後の巨人への移籍等も含めて取材したりもした。91年からは巨人担当キャップとして長嶋茂雄監督の誕生、松井秀喜選手の入団や伝説の1994年「10.8決戦」などエポック・メーキングな出来事の現場に立ち会ってきた。2003年にフリーとなり、日米を往復しながら週刊文春でニューヨーク・ヤンキースに移籍した松井選手のメジャー日記の連載を担当。05年からは「野球の言葉学」という連載コラムをかれこれ20年以上にわたって毎週、書き続けている。もちろん古い新聞記者の御多分にもれず、ずっと不健康で不規則な生活を続けてきた。それでも病気で連載を落としたこともなく、50歳を過ぎても60歳になっても身体はびくともしていない……と思っていた。

連載回数は700回を超える「野球の言葉学」

 しかし、そんな健康自慢の私の身体の中では、深く静かに変化が起こっていたのである。

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source : 週刊文春