60年前、毎日のように喫茶店に通っていた。通い始めて1年後、店主が「この店を買わないか」ともちかけたほどだ。だが、なぜ喫茶店に通ったのか、いま考えると不可解でならない。

 当時のわたしが入る喫茶店には条件があった。絶対条件は薄暗さだ。明るい店は、自分のやましさが暴かれるような気がして落ち着かないのだ。自分はゴキブリの生まれ変わりではないかと思ったほどだ。

 かろうじて文字が読めるほどの暗さの中で、流れているジャズのフレーズや、根本的に誤った自分の考えを紙切れに書きとめていた。

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source : 週刊文春 2025年10月30日・11月6日号