第12回「週刊文春」で一番しんどい取材

2021年6月11日配信分

「週刊文春」編集長


「事件をやりたいです」

 先週のプラン会議で、こうアピールしてきた記者がいました。新入社員のH記者です。

 事件取材は、「地取り」と呼ばれる聞き込み取材なしには成立しません。他メディアと競争をしながら、一面識もない人たちに話を聞いていく。そもそも被害者・関係者を知らない、知っていても話してもらえない、他メディアに話してしまって、もう小誌が行った時には貝になってしまった。こんなことはざらにあります。中でも、最も難しいのは、被害者遺族の取材です。突然、身内の命が理不尽に奪われ、深い悲しみに沈んでいるところに、押し寄せる報道陣。「報道被害」の最たるものと言われても仕方がありません。

 私にとって、忘れられない事件取材があります。入社以来希望していた「週刊文春」に異動して、1カ月が経った頃でした。発注された取材を終えて、編集部に戻るとテレビの前に、みんなが集まっています。大阪教育大学附属池田小学校に男が侵入し、小学生を刃物で切りつけ、多数の死傷者が出ている。20年前の6月8日に起きた「池田小事件」です。その日の夜、私は大阪にいて、犯人・宅間守の元妻の家の前に立っていました。

 翌日から、私に割り当てられたのは、遺族取材でした。亡くなった生徒は8名。遺族の肉声、中でも「手記」は事件を伝える上で、最も読者に伝わりやすく、インパクトがあります。家をピンポンして、取材の意図を伝える。断わられた場合、応答がない場合は、用意していた手紙をポストに投函する。ただ、この時、私は簡単にピンポンが押せませんでした。ある遺族のお宅の近くには公園がありました。ブランコに座って悶々としていたことを、今でも思い出します。大変な思いをしている遺族を傷つけるのでは、怒られるのでは……。ようやく、ピンポンを押して、応答がないとむしろホッとする自分がいました。

 この週、私がとれた話は一つもなく、先輩たちの取材成果で記事が出ました。自分で週刊文春志望と言っていたくせに、いざとなると何もとれない。けっこう、落ち込みました。翌週も取材班に入りました。変わらず遺族へのお願いは続いていました。この時、事件取材が長い先輩たちからこう言われました。

「遺族の方は、『何も話したくない』『そっとしておいてほしい』と思っている。当然だし、実際、その通りのことも多い。ただ、理不尽な目にあったからこそ、人は自分の想いを聞いてほしいという気持ちになることがある。幼い子どもを失った時に、確かにあの子が生きていたということをみんなに知ってほしいという想いが湧き上がってくることがある。その時に、どうせなら誠意を持ってお願いに来た『週刊文春に』『加藤記者に』と思ってもらえるかどうか。その時はこないかもしれないけど、こちらはいつでもお待ちしていますと伝えることが取材依頼なんだ」

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source : 週刊文春

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