昨年度、クマの襲撃による死亡者は史上最悪となる13人を記録、今年度も既に6人が命を落とした。従来なら考えられない状況での襲撃も増えている。昨年10月、岩手県北上市の温泉施設で起きた事故はその最たるものだ。
岩手県北上市は半導体や自動車関連工場などが立ち並ぶ東北有数の工業都市である。だが市の中心部から西へ車を走らせると、ほどなく工場や住宅地が途切れ、周囲には田園風景が広がりはじめる。さらに奥羽山脈へ向かって谷筋をたどること約30分。やがて夏油川の渓谷沿いに「瀬美温泉」が現れる。

平安時代末期の開湯と伝わる「秘湯」である。
2025年10月16日は朝から雨が降っていた。同温泉の代表取締役を務める岩本和裕(53・当時)は、その車寄せで首を傾げた。
「あれ? Sさん、どこだろう?」
この日、東京に行く用事があった岩本は、北上駅まで従業員のSさんに車で送ってもらうことになっていた。こういうとき、Sさんは遅くとも30分前には車寄せに車を回して待機しているのが常だった。ところがこの日は約束の11時近くになっても、車もSさんの姿もない。そんなことは初めてだった。
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source : 週刊文春 2026年10月29日号
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