週刊文春 電子版

無料公開中

桑田佳祐インタビュー 晴れ間覗く究極のポップス

僕みたいな者に何か役割があるとすれば——

山内 宏泰
エンタメ 音楽 読書

暗く沈みがちな世の中に、ついにあの男が動きだした!
ソロアルバム発売、小誌コラムの単行本化、そしてツアー。
多彩なラインアップと共に伝えたいメッセージは――。

取材・文 山内宏泰 
撮影 高田 梓

  これぞ正真正銘の明るい兆しだ。

 時世にも合わせてか、今年三月のブルーノート東京での無観客配信ライブ以降、表立った活動があまりなかった桑田佳祐が、いよいよ本格的に動き出した。まずは九月十五日、EP(ミニアルバム)「ごはん味噌汁海苔お漬物卵焼き feat. 梅干し」をリリース。

「ごはん味噌汁海苔お漬物卵焼き feat. 梅干し」[CD](通常盤)発売中 ¥2,090

「フルアルバムじゃなくて六曲だけの小品集ですけど、立ち返るべきところに戻ったというか、飽きの来ない『いいもの』だけ取り揃えられたかなという自負、あります」と本人は語る。

 タイトルに並んだ和食の定番メニューよろしく、収載された六曲は粒揃い。冒頭の『Soulコブラツイスト〜魂の悶絶』は、解放感あふれるサウンドながら、

「命がけで今日も生きてるんだよ」

 といったサビの歌詞に、ご時世っぽさが滲む。この頁に掲載している写真は、この曲のミュージック・ビデオ撮影風景である。

 ブルース調で哀愁漂う『さすらいのRIDER』に続いて、『SMILE〜晴れ渡る空のように〜』がくる。
「もともと東京五輪に向けた『民放共同企画“一緒にやろう”応援ソング』として作らせてもらった曲。それにしては、ただ晴れがましいだけじゃないねと言われたりします。そりゃそうです、年齢を重ねると世の中は、能天気なことだけでできちゃいないと分かってくる。どうしても過去を背負ったり引き摺ったりするんです。

 今回の五輪も『復興五輪』として、東日本大震災の記憶とつながるものとしてあったわけですよね。それでこの曲もいろんな想いが溶け込んだ、世の中全体への応援ソングになってるんですよ」

 四曲目は、日常のささやかな幸せを、どこか懐かしさを感じさせるメロディが包み込む『金目鯛の煮つけ』。続いて、爽やかな気分に浸れるとともに、来たるライブへの期待感が高まる『炎の聖歌隊[Choir(クワイア)]』。そしてラストは「彼岸」という言葉が脳裏をよぎる『鬼灯(ほおずき)』。

 何とも多彩なラインアップだ。

 

「出し惜しみせず並べてみたつもりです。それでもフルじゃなくミニアルバムで、ソロとしては四年ぶりの作品発表。ずいぶん時間がかかっちゃいました。というのもコロナ禍以来、なかなかポジティブな気持ちになれなくって。皆さんも似た心境だと思いますけど、こう八方塞がりな状況が続くと、どうにも気持ちが沈んでしまってほんとよろしくないですね。

 それでも一介のポップス歌手としては、皆さんに新曲を聴いていただいて、多少なりとも前向きな気持ちになってもらうのが本分だろうと、自分を奮い立たせました。僕みたいな者にも何か役割があるとすれば、できるのはこれくらいのことかなと思うのでね」

 EP発売に合わせ、今年の大晦日まで続く全国ツアーも始動。初日は九月十八日、宮城県のセキスイハイムスーパーアリーナ。

「震災後の二〇一一年秋に宮城でライブをやらせてもらったのが、僕にとっては忘れ難い経験。久しぶりのツアーの始まりも宮城しかない! と思った次第です。

 リハーサルを重ねる日々なんですが、思うように声が出なくて困ってます。コロナ禍では無観客配信ライブを三回しただけ。“歌唱体力”が明らかに落ちてます。今はそれを必死に取り戻そうとしているところ。こういうのは焦っちゃいけないんですけどね」

 そしてさらには、いや、ついに! である。

 来たる十月六日には書籍も刊行と相成る。書名は『ポップス歌手の耐えられない軽さ』。

 そう、昨年一月から今年四月にかけて本誌で連載のコラムが、いよいよ一冊にまとまったのだ。

『ポップス歌手の耐えられない軽さ』10月8日発売 ¥2,500

 「連載中は文春さん、誠にお世話になりました。しかし毎週何かを書くって、こんな大変なことなんですね。身に沁みて分かりました。

 ただしつらいだけじゃなくて、しっかりと見返りもあったかな。原稿を書いていると、自分が世の中に対して何をどう感じているか、そのつど確認できるんですよ。心の整理にすごく役立った」

 執筆は曲作りにも多大な影響を及ぼしたという。

「今回のEPに収めた曲の多くは、連載していた時期に作ったもの。筒美京平さんはすごかった、藤圭子さんはやっぱりいい、内山田洋とクール・ファイブの真似をよくしたものだ、エリック・クラプトンやポール・マッカートニーにはシビれた! などと原稿に綴っていると、サウンドを構築するときや歌詞を考える際、そうした先達のことがふと頭に浮かんで、教え導いてくれるような感覚がありました。自分は何が好きなんだろう、そして、何をあまりよしとしないのか。書く作業でそれが炙り出されてスッキリしたとでも言いましょうか。文春さんの連載を書きながら考えたことが土台となってくれたからこそ、今回のEPはこんな充実したものになったのだと思ってますよ。

 連載時期に音楽面での発表が少なかったから、『コラムばかりにかまけて音楽作りを忘れてるんじゃないか?』との疑いも一部で持たれていたようですが、いやいや何とか両立しようと苦闘してたんです。EPはもちろん、この本のどれかワンフレーズでも皆さんの心にうまく届いて、どんよりした世の空気に少しでも晴れ間が覗くようになったら、つくり手としては本望なんですけどね」

 

source : 週刊文春 2021年9月16日号

文春リークス
閉じる